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気分転換の散歩を済ませて厨房に戻った俺は、静かな店の雰囲気にホッと胸を撫で下ろした。
「あ、おかえりなさい」
「遅くなって、ごめん。大丈夫だった?」
寿々子は覚えが良くて飲み物なら一人で作ることが出来る。だけど、アルバイトの身でそこまでさせる訳にはいかない。
「はい、オーダーは冷たい飲み物でした」
戻ってきた俺に近寄る寿々子が名刺を手渡して耳打ちしてくる。
「秀さんと連絡が取れないそうです」
「へ?」
いつも秀くんを待っている地味な顔の彼女をカウンターで見つけて、驚き過ぎて疚しくないのに僅かに目を泳がせてしまった。
「秀さんに会って話がしたいそうです」
お店にいるお客様はカウンターだけですから、と寿々子は付け加えた。
弱火で掛けているポットの中は沸騰し始めていた。店に流す曲は自分でセレクトしていて、丁度変わり目だったらしく一時プツリと途切れた。
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Seaside Wedding Blue.bard
チーフアドバイザー
生田 友美
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手のひらの名刺から顔を上げれば生田さんと必然的に目を合わせなきゃならない。
「私、櫻井莉奈子の友人でもあるんです」
立ち上がっていた生田さんは俺に頭を下げていた。
サクライリナコって、櫻井莉奈子?!
顔は上手く思い出せないけれど、残っている印象は最低最悪。ついさっき、久しぶりに思い出した人だ。
CDがチェンジしてシッポリしたピアノのバラードが流れ始める。曖昧なこの時間はいつもこんな感じで疎らな客足と店の雰囲気とが眠気を誘うくらいだ。
夏がすぐそばまで来ていることを西西向きの窓の明るさが教えてくれる。
磨りガラス越しに店の中へと入り込んで長い影を作るけれど、西日と呼ぶにはまだ明るすぎて眩しい。
業務用の食洗機が低い音で回る中、食器同士がぶつかるカチャカチャとした音がやけに大きな音に聞こえていた。
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