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いくちゃんが店を出てから数時間。店には俺と寿々子しかいなくなった。
昼間は夏を思わせるような暑さだったのに、夕方から降り出した雨は夜が深くなるにつれて雨足が激しくなってきた。
「明日のモーニングの準備が済んだら片付け始めよっか?」
キャベツの千切りを始めた俺の隣で寿々子はプチトマトを半分にカットする。
「明日は一日講義だろ?」
「大翔さん、一人でも大丈夫ですか?」
ステンレスのボウルに切ったプチトマトを丁寧に入れていく細い手に向かって噴き出した。
「当たり前じゃん。寿々子が来る前は全部一人でやってたんだよ?」
180センチを越える長身の俺を黙って見つめる160センチそこそこの寿々子に、心のヒダが揺さぶられる。
秘密にするほどでもないし、吐露したってたいしたことない話なんだけど。
「なぁ、スズ。今日の昼さ、秀くんの店まで行ってきたんだ……」
磨りガラスにしてあるから外の景色は見えないのに、窓に当たる雨粒に混じってゴロゴロと雷の唸る気配を感じて手を止めた。
今日は女性シンガーの切ない声よりも外の音が気になる。
寿々子は秀くんとは違って弾けるようなリズミカルな会話のキャッチボールはできない。
「雨に当たってなきゃ、いいんだけどねーー」
だけど、一人では持て余してしまう欠片を吐き出させてくれる。
鳴らないドアベルをしばらく眺めて、深呼吸をしてからまた千切りを始めた。
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