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こんなには笑ったのはいつぶり?
顔が見えない相手を想い、受話器から流れる微かな音にも神経を研ぎ澄ます。
恋を知ったばかりの乙女のように身体をくねらせ、鏡に映る自分を見つめ、クッションを抱き寄せた。
あぁ、秀。
私の大切な、大切な人よ。
今でもその気持ちは変わらないの。
小さい頃にママを病気で亡くした私にはママの記憶は殆ど無い。仕事で忙しいパパの代わりに、時々私の様子を心配してくれる優しいパパのカノジョが大好きだった。
だから、私はパパの再婚には賛成だった。
その人にも子供がいて、欲しかった格好イイお兄ちゃんが出来て素直に胸をときめかせた。
当時から秀がモテていたのはわかっていた。格好イイのは外見だけじゃない。話題が豊富なところやチョット強引なのに世話好きで、口が悪いのに態度は優しい。
秀を知れば知るほど、秀に甘やかされる度に独り占めしたくて「お兄ちゃんじゃなかったらよかったのに」と悔やんだ。
高校3年になる春休み。
灰色の雲に覆われた暗い空に稲光が光る中、汗にまみれてキスをしたね。
母さんの幸せを壊せない……と顔を歪めながら、貴方は私を好きだと言ってくれたでしょ?
親の勝手な都合で兄妹にされただけ。兄妹らしい思い出も繋がりもないのに。
毎日泣きじゃくるしか出来なかった私に秀がそっと約束をしてくれたから……
約束の日の真夜中に家を抜け出した私を黒い車で迎えに来てくれたよね。
家から遠く遠く離れる為に夜通し車を走らせて、二人で朝日を眺めたね。
何度も何度も、壊れるくらいに力いっぱい抱きしめてくれたけれど、もうキスはしてくれなかった。
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