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披露宴の招待客が一気に去ったロビーは賑やかな時間の余韻が漂う。分厚いカーテンに覆われていた大きな窓が開け放たれた途端、アルコールが回ってきた。
軽やかに建物内を吹き抜ける塩の香りに深呼吸を繰り返す。
すぐに移動する気にならない俺たちは、座り心地の良いソファでだらしなく軽い眠りに誘われ始めていた。
披露宴は済んでも新郎新婦を囲んでの久しぶりに顔を合わせた家族の談笑は続いている。
今日の良き日の為に、全てを乗り越えた運命共同体は過去のわだかまりを微塵も感じさせない。
莉奈子ちゃんを連れて行方不明になってから数日後、絹子さんと航平の親父さんに付き添われて鴨芽に戻ってきた時、秀くんの顔は無惨なほど腫れ上がっていた。
馬鹿なことをして…と責めるよりも、またここに帰って来てくれたことが嬉し くて涙が溢れた。
「秀くん…おかえりなさい……」
ボタンを飛ばした血のついたシャツと泥だらけのズボン姿の秀くんが、もうどこにも行かないようにとしがみつきて泣じゃくった、若き日を懐かしむ。
あの時はこんな穏やかで満たされた未来が待っているなんて想像出来なかった。
「なあ、大翔。起きてる?」
航平が身体を起こしてソファに深く座り直した。
「ん?」
何度か瞬きをして、ソファに凭れていた首を起こした。
「秀くんに言われたこと、まだ気にしてるのか?」
「いや、まぁ…。本当のことだしな」
大雨ん中で男二人が傘もささずにデカい声で言い合っていたんだ。その場にいなかった航平の耳にも入っているのは、噂好きの鴨芽の常識だ。
今更掘り返したくない話だけに、曖昧な返事をしてシュルリとネクタイを抜き取り指に巻きつけていく。
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