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アイアンの門扉へと続くサンドベージュのタイル貼りの階段に6月の太陽の光が乱反射する。
入り口に置かれていた鉢植えの紫陽花が手毬のよう揺れる。ネクタイを外してスーツの上着を肩に引っ掛けた俺たちは、澄んだ花の前を通り過ぎた。
長い長い坂道の脇には葉を茂らせた桜の木が影を作る。先を行く背中に数歩遅れながら坂道を下る。
見下ろす眼下には私鉄駅へと続く線路と穏やかに水面を輝かせる海。
母親の優しさに触れたくて父親の偉大さを知りたくて、決して手に入らない物を欲しがった時期もあった。
生い立ちを知られて、心無い人から好奇の目で見られたり憐れまれたこともある。
こんな俺を見捨てなかった沢山の人に迷惑を掛けてこの歳までに成長した。巡る季節の記憶を辿ればいつだって、秀くんと航平が側にいてくれた。
家族もいない、親の愛も知らない 俺にだってわかる、誰かの幸せを心から願うこと。
そこに見返りを求めたりしない。
大人になるって、こういうことなのか…
誰かを愛するって、こういうことなのか…
「おーい、置いていくぞ!
5分後に電車が来るって。大翔、走るぞ」
その声に、その笑顔に、なぜか胸に熱いものがこみ上げてきて唇を噛み締めた。
撫でつけた頭にチリチリとした痒みを感じて掻き毟る。
今日のことを早く寿々子に話したい。早く、寿々子が待つ鴨芽に帰りたい。
遮断機が降りる音が遠くから聞こえて、3人で私鉄の駅に向かって駆け出した。
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