51人が本棚に入れています
本棚に追加
モーニングからランチへとオーダーが移りゆく時間は一日の中でも一番忙しい。
プレートに焼き上がったトーストを乗せて、付け合わせのサラダにはドレッシングをひと回し。
飲み物を出しつつ、プレートを仕上げる。狭い厨房の中を少ない歩数で移動して切り盛りしていく。
フラスコから沸いた湯を引き揚げた漏斗から沸き立つコーヒーのいい香りを嗅ぎながらカウンターに座る秀くんの様子はいつもとは違う気がした。
顔馴染みから話しかけられてもぼんやりと店内を眺めて煙草をふかすだけ。
店に流しているUKミュージックを口ずさみながらスマホを弄った後で秀くんは、どうしたの?と尋ねる前に軽く片手を挙げて店を出て行ってしまった。
婆ちゃんに育てられてる俺と母子家庭の秀くんは、その昔商店街からちょっと行った先の、今はもう無い市営住宅に住んでいた。
秀くんの母さんが仕事から戻るまで、空が暗くなっても市営住宅地内の公園で俺ら二人はいつも一緒に遊んでいた。
思春期の頃、もう一人の幼馴染の航平と3人が商店街で悪さばっかりしてた時も。秀くんの母さんが再婚して市営住宅を出て行く時も。
俺の婆ちゃんが呆気なく死んだ日も。俺と秀くんはいつも一緒だった。
俺の人生は、秀くんとの思い出で出来ていると言っても過言ではない。
カランカラン、カランーー
「いらっしゃいませ」
反射的に声が出てドアベルに視線を向ける。
「大翔、秀は?」
秀くんが座っていた椅子に腰を下ろしたのは、ここら辺の地主で商店街でタバコ屋をやってる絹子さん。
「えー?秀くんならちょっと前に出ましたよ?」
洗い物をしながらカウンターと厨房の仕切りの透明のクリアパネル越しに絹子さんに目を動かした。
「じゃあ、行き違いかしら?
今日は暑いから、レモンスカッシュにしてよ」と寿々子に微笑んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!