第1章

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 呼び名に困るので、奥に建てられた住居部分を冬樹の家、正面の巨大な建物を華菜の家と呼ぶことにした。  華菜、どこまで読んでいたのか、建物の中には家財が既に用意されていた。毛布もマクラも直ぐに使用できるようになっていた。  しかも、セキュリティがすごかった、森に人が入った状況で全て識別し、住民なのか、その他なのか?危険人物かを分類していた。  危険人物が近寄ると、警報がなり、家が攻撃及び防御の体制に入る。  家の中には、招かれた人物以外は入れない。見た目は普通の玄関なのだが、見えない壁のようなものが存在していた。華菜の設計した、振動波による壁なのだそうだ。許可のない者には、耐え難い音量で、工事現場のような音が響いているように聞こえる。  まさか、華菜が家を爆破したのではないか。俺をここに引っ越させるために。ここは、防護がしっかりしているのだ。 「華菜…」  華菜は世界の秩序や、倫理観を学ぶ前に天才になってしまったのかもしれない。 『アキ兄ちゃん、スイッチを切って…』  華菜の絶叫が木霊した。 「華菜?どうした華菜」  華菜に何かあったのかもしれない。冬樹と、軍部の研究室へと向かった。  研究室には、先に呼ばれていた、春喜と夏槻が立っていた。  華菜の入っていた水槽が割られ、中の液体で床が水没していた。華菜の姿はない。 「華菜の死体は、軍部が回収した」  束になった髪の毛だけが、埋葬用として渡されたのだそうだ。 「華菜の遺言は、華菜の財産の全てを冬樹に。華菜のワクチンの権利を春喜に、抗菌剤等の権利を夏槻に渡すとあった。友秋には不思議な言葉があって、今後の権利を全て渡す、と」  華菜の財産も、権利も要らない。涙が零れて止まらない。  家族だけで葬儀を終わらせると、森の奥に小さな墓を建てた。両親の元に埋葬したかったが、都森に帰ることができなかった。水槽を割ったのは、伏せられているが工作員で、華菜を殺せとの命令が出ていたらしい。  目覚めさせてはいけなかったのか?でも、ワクチンの分野は、飛躍的に進化した。  冬樹の家に行くと、ベッドに飛び込んだ。ここに、ずっと住むというわけにもいかないだろう。 「家を建てるかな」 『アキ兄ちゃん、志木森に行くのでしょ。ここに家は要らないよ』  華菜の声が聞こえてきた。幻聴だと寝返りを打つ。
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