序の章

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しばらく無言で空を眺める二人。 その時、女は耳に自分の手をあてて嬉しそうな表情で呟く。 「ほんと春が近付いてる証拠ね。 2月は聞けなかった虫の声が聞こえてる」 その発言に、男はきょとんとした顔で停止する。 「虫の声?そんなの聞こえるかい?」 「うん……ほら、キリキリって言ってるでしょう?」 女は目を閉じ、諭すような口調で男に告げる。 しかし、男の耳には相変わらず虫の声は届かない。 「どうやら、耳は君の方が随分いいようだ。僕には全く聞こえないよ……。 でも、キリキリ鳴くってどんな虫なのかな?」 「さぁ……私も初めて聞く声だから……ワからナイわ。 でも、スごくココチいい音色……」 女の声が所々裏返り始める。 それに気付いた男は女の顔を覗き込んだ。
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