クワガタにチョップしたらタイムスリップした

5/5
前へ
/5ページ
次へ
「それでも私が語るのはたったひとつだけ」  これから君は、何度も何度も後悔して。  何度も何度も傷ついて。  何度も何度も泣くだろう。  ぜぇ、ぜぇ、と荒い息を繰り返しながら一息に言い切った老人は、彼女を見て微笑む。 「でもね。いつかその一つ一つが熱を持って、やがて手放しがたい宝物になるから」  だから、なにも知らずに帰りなさい。 「延命治療を拒否していたのはね、もう十分だったから。今まで生きてきたんだ、もう思い残すことなんかなにもない」  ピー、ピー、と老人に繋がれた機械が音を発し始めた。 「今を、全力で生きなさい」  そう言って、最後の力を振り絞るかのように、彼女は笑って言った。 「―――私は、ちゃんと幸せだよ」  その言葉を最後に、老人の身体から熱が失われていく。  我知らず、少女の瞳から大粒の滴が零れた。  それがクワガタの身体に触れた瞬間、視界いっぱいに見慣れた風景が広がる。  戻ってきたんだ、と思った直後、未来の自分の言葉が脳裏を過ぎった。  ―――やがて、手放しがたい宝物になるから。  ―――今を、全力で生きなさい。  青い蒼い空を見つめながら、少女は固く手のひらを握り締めた。  わかったよ、と呟きながら。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加