第弐譚 近藤勇の嘆き

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「ただ今戻りました」 午前の巡察を終え、明日夢は屯所に戻ってきた。自室に刀を置き、昼餉を食べようと台所へ向かう。 「あ、近藤助勤、お疲れ様です。これ、先程届いたものです」 そんな中、明日夢の下へ平隊士である山野八十八(ヤソハチ)が駆け寄ってきた。 「ああ、山野君でしたか」 何故だかよく分からないが、彼は外から物を受け取ると、何であろうと明日夢のところに必ず持って来る。その様は、まるでご主人様と忠犬のようだ。 まあ、自分が誰よりも局長や副長たちと仕事をする機会が多いからなのだろうが。 「ご苦労様です。何がありましたか?」 明日夢は飯台の前に腰を下ろし、昼餉を待ちつつ彼を促した。 「えっと、まずは瓦版ですね」 そう言うと彼は、腕に抱えたものの中から、丸く癖のついた紙を取り出した。 「あー、”日刊浄土真宗”ですね。…あーあ、さっそく池田屋の件が載ってしまっていますね。昨日の今日でよく記事にしたものです…」 そう言うと明日夢は苦々しい表情で茶をすすった。一方の山野は、そんな彼の表情に気付いていないのか、キラキラと目を輝かせている。 「ここ見て下さいよ。この写真、局長の戦ってる姿バッチリ捉えちゃってますよ。いいなあ、俺もこんなふうに瓦版に載ってみたいなあ…俺なんて腕の一本すら写ってなかったんすよ」 「…まともな瓦版ならまあいいですが、日刊浄土真宗はゴシップもいいところです。ターゲットにされたら最後。何か起きるたびに追い回されるわ、ある事ない事書かれるわ、そんなこんなが関の山ですよ」 山野を現実に戻すようバッサリ言い捨てる明日夢。腕の事に関してツッコむ気は全くない。 てか、死者数や捕縛数、当日の部隊構成とか、ブン屋に情報教えた隊士(アホ)は一体どいつだ!! 「えー、そうなんですか?」 「そういうもんですよ。でもまあ、この瓦版、中身はともかく、写真だけはこう…かなりインパクトのあるものが撮れていますね。本人がこれを見てどんな反応するかは想像に難くないですが」 「…。あ!そうだ。”局長”といえば、これ全部、江戸の方から局長宛てに届いた文です」 「………」 コメントに困ったのだろう。山野は明日夢の目の前に文の山を広げた。さらにその中から、両手サイズの小包が顔を覗かせる。 「あ、それは近藤助勤宛てです」 「………」 所変わって、ここは黒谷金戒光明寺。新撰組直属の上司である京都守護職の本陣が置かれている場所だ。
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