第弐譚 近藤勇の嘆き

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そこから出てきたのは、我らが局長である近藤勇と副長の山南(サンナン)敬助、そしてその助役である土方歳三。彼らはつい先程まで会津藩主兼京都守護職を務める松平容保へ、直々に池田屋事件の報告をしてきたのだ。 穏やかな性格で、周囲にあまり左右されない山南はどこ吹く風な様子だが、涼しい顔して、実のところ堅苦しい場を大の苦手としている土方は、いくら近藤と山南の付添いとはいえ疲れたのだろう。本陣を出た途端、ぐったりとした表情を浮かべた。 一方、そんな二人の間にいる近藤は、すっかりしょぼくれた様子である。 「ただ今戻りました」 「おかえりなさい。お疲れさ」 「わーん!明日夢ゥウウ!!」 山南の声に、玄関先まで出迎えた明日夢。しかしその労いの言葉は、最後まで紡がれる事はなかった。 顔をぐしゃぐしゃにして飛び付いてくる兄を、弟は持ち前の反射神経でかわした。そして膝十字固めを決める。 「いだだだっ!いだっ!!ちょっ、そこまでする事ないじゃん!!ギブギブ!!」 「いや、大の大人が涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたうえ、その姿のまま抱擁されるのだと、考えただけで不快感が駆け巡ったので」 「ちょっ待っ!悪かったから、も!勘弁し…ぎぃやあああ!!」 終いにはコキッと音がし、近藤はしばし悶絶するのだった。 「話ならいくらでも聞きますから、情けない醜態を隊士たちの前にさらさないで下さい」 そう言うと明日夢は、茶を用意しようと台所へ向かった。 「いや、元々の醜態をさらに悪化させたのはお前だろ」 そんな土方のツッコミも、彼の耳に届くはずはなかった。 遡る事少し前、近藤一行が本陣を出てすぐの辺り。 「きゃっ!」 幼い兄妹が鬼ごっこをしており、つまづいてしまったのだろう、近藤の目の前で転んだ。 「大丈夫かいお嬢ちゃん?」 泣きそうなところに差しのべられた大きな手、優しそうな声。温かな雰囲気に包まれ、少女はおずおずと顔を上げた。 しかし、 「ひっ!!」 近藤の顔を見、少女は目を見開いたまま固まってしまった。 ”泣く子も黙る”とは、まさにこのような状態なのだろう。 「隊士たちからも一線引かれるし、肥後守様もさあ!”その鬼のような眼(マナコ)で京の街により一層の睨みを利かせてほしい”って仰るし!!] 身体を丸め、局長室もとい自室でおめおめと泣く近藤。 自身の強面スマイルのせいで、子供には泣かれ、隊士たちは恐れて懐いてくれない。
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