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「あらあ、局長に明日夢ちゃんじゃあないかい」
そんな中、背後から艶のある声が聞こえ、振り返れば、女物の着物を着流し、姫カットの長髪を緩く結わえた新撰組副長助勤・武田観柳斎その人がいた。
整った顔立ち、楕円眼鏡の奥に光る瞳は、誰もが一度は妄想するイカン女教師そのものだが、武田はれっきとした男で、女装が趣味の同性愛ならぬ両性愛者である。
その性格は物怖じしない男前なもので、その女装の洗練さ、美意識の高さも相まって、特に女性から高い支持を受けている。
「兄弟揃って散歩かい?」
吊目をスッと細める武田。何も知らない者が見たら殺到してしまいそうなほど、その笑みは美しく妖艶だ。しかし何度も言おう。彼は男である。女にないものがあり、男にあるべきものがちゃんと付いているのだ。その着物の下には。
「ええ。武田さんは呉服屋巡りですか?」
「そうさね。”新しい着物が出たんで一度見に来てくれ”って店の主人から頼まれててねえ。けど池田屋の件が起きちまって、今日やっと来れたって訳さ」
「そういえば、池田屋のきっかけとなった浪士捕縛も武田さんの活躍によるものでしたね。今回の件に関して、本当にお疲れ様でした」
深々と頭を下げる明日夢を見、勘弁してくれと言わんばかりに武田は手を振った。
「よしとくれよ明日夢ちゃん。きっかけは確かにアタシだったかもしれないけど、あれはたまたまさァね。それに池田屋の件は新撰組総員で取り組んだ事だ。アタシだけ”お疲れ様”ってのはお門違いさ。全員が労われるってのが筋ってもんだ」
「謙遜するねえ観柳ちゃん」
「”謙遜”も何も、アタシは本当の事を言ったまでさね。そんな事より、局長こそどうしたんだい?辛気臭さが背中からにじみ出てるじゃあないかい。アタシでよければ力になるよ。立ち話もなんだし、茶でも飲みながら話を聞こうじゃあないかい」
「ふうん…。”この強面から脱却して、もっと人々や隊士たちと親密になりたい”ねえ…」
「なんとかならないかなあ観柳ちゃん」
「兄上はエラが張っていますからね。骨格上、強面になるのは仕方ないかと」
三者三様に茶をすすっては深く息を吐く。余談だが、ここの茶屋は甘味も絶品だ。
「でもアタシはいかつい顔も好きだよ。”日本男児”って感じで男らしいじゃあないか」
「好みで言うなら、兄上よりも土方さんや左之助さんの方が巷で人気な感じがしますが」
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