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「…では、昼の稽古はこれにて終了です。各自昼食に遅れないように」
竹刀を肩に担ぎ、明日夢はそう言い放った。
普通なら返事の一つも聞こえてきそうなものだが、しごかれ、道場に大の字に伸びた新米隊士たち…もとい仮同志たちには、それを行う気力すら湧かないのだろう。
まったく…これしきで情けない。この調子で、激化する隊務に付いてこられるのだろうかと、不安は増す一方だ。
池田屋事件を境に新撰組の名は一気に知れ渡り、以来、自らの実力を以て名を馳せたい、剣で身を立てたい、自分も京を護る力になりたいと、入隊を志願する者が日々屯所に詰めかけている。
で、その中から力量を認められた者が”仮同志”として入隊を許可され、ゆくゆくは新撰組の正式な一員である”隊士”となる訳だ。
そのためにも、こうして更なる力量の向上を図っている訳だが…自身の兄や山南、土方、沖田など近しい者たちが化け物じみた力量を持っている。この状況が明日夢の中で当たり前になってしまっているせいもあってか、仮同志たちの力量を不安に思ってしまうのだ。勿論、武闘派集団の新撰組に入隊している時点で、その力量は常人より上なのは確かなのだが。
「…」
明日夢は首を振って考えを飛ばし、道場を後にした。
仮同志たちには強くなってもらわなければ困るが、兄たちと同等以上の力を求めるのはいささか無理難題かもしれない。あれらは並大抵ではないのだ。
でも、無理だからといって諦めてほしくない。兄たちの強さを目標に、日々精進してほしい。剣の強さもさることながら、精神面での強さもだ。
「…」
まあ、とある奴を除いての話だが…。
「あ、明日夢君。お昼も稽古ですか?」
道場の入口のところで、沖田が満面の笑みを浮かべて話しかけてきた。しゃがみ込み、数匹の猫と戯れながら、だ。
「”稽古ですか?”じゃないでしょう総司。剣術師範の一人である貴方も、仮同志に稽古をつける立場なんですから」
「だって、弱いのとやってもつまんないですもん。手を抜いてもまったく駄目ですし」
子猫の頭をうりうりと撫でる沖田。ちなみに他の剣術師範たちは、日中の巡察に出ていたり、夜間巡邏の休みを取っていたりと、今日に限って稽古をつける暇がない。
さらに言うなら、こうして稽古をつけている明日夢自身は、実のところ剣術師範などではない。持ち前の面倒見の良さと真面目さを買われ、仮同志たちの指導役を任せられているのだ。
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