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ふっと頬を緩め、明日夢の頭を撫で上げる土方。オールバックになりきれなかった左サイドの前髪が、動きに逆らってサラリと動いた。
「問題児が数名江戸に行っているので、まだ平気です。それに、真面目さで言うならハジメ君ほどではありません」
「ハジメといやあ…アイツから聞いたぞ。今朝もひと騒動あったらしいな」
「ええ。あのボンボンコンビ…」
余談だが、沖田は前髪ちょん髷に、山崎は襟足を結んだ後ろ髪しっぽに、お揃いでガラス玉のボンボンヘアゴムを付けている。悪戯心が高じて割れればいいのに。
「土方さんは大丈夫でしたか?」
「ああ。まだ寝てたからな。大筋はハジメと源さんから聞いてる」
「そういえば総司と烝さん、井上さんにめちゃめちゃ怒られてんの見ました…」
井上源三郎は副長助勤の一人。温厚で温和。”新撰組の良心”と称されるが、こういう人物ほど怒らせると恐ろしいものである。明日夢もその状況を思い出したのだろう。ブルリと身震いをした。
「怪我人はいなかったか?」
「トラップを食らった人は何かしら負傷してますが、大したものではありません。あ、でも一人…丸太を食らった松原さんは、その衝撃のすさまじさから、後半日は寝込む事になりそうです」
「総司と烝のヤツ…」
土方も頭痛がしてきたのだろう。額を押さえた。
「まあ、兄上の事を挙げたら、あっという間に元に戻したうえ、屯所中を掃除してくれたんです。その点に関しては”大助かり”といえばそうなんですが…」
「”プラマイゼロ”どころか、マイナスの方がデカい気が…」
土方は疲れた表情をしつつ、引き出しから落雁を取り出し口に運んだ。疲れた時は甘いものに限る。
「お前も食うか?」
「いただきます」
「で、お前はどうだったんだ?」
「何がです?」
桃色の落雁をかじりつつ、土方の言葉に頭を傾ける明日夢。
「怪我だ怪我。お前も引っ掛かったんだろ?」
そんな彼を見て、”やれやれ”といった表情を土方は浮かべた。
「ああ。私は”引っ掛かった”と言っても落とし穴にですから。むしろ無傷に近いです。烝さんのカメラを破壊出来なかった事が、唯一の心残りといったとこでしょうか」
「そうか。写真は仕方ないが、なによりだ。何かあったらすぐに言え。分かってるな?」
「分かってますよ、二人だけの約束ですから。トシ兄もすぐに言ってくださいね。では、ごちそう様でした」
「ああ…」
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