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どんよりとした鉛色の雲が覆い隠す2月のフランスは、この月一番の冷え込みだった。首都パリでは記録的な積雪を観測している。
花の都と呼ばれて馴染み深いパリの街道の踏み固められた雪の上を、ブーツの底で更に固めながら、男は、駆けた。
その眼差しは獲物を捉えた猟犬のごとく。その足は真っ直ぐと、定めた目標に向けてまっしぐらに。
男の表情は張り詰めていた。何かに取り付かれたがごとく、その顔は殺意に満ちている。背後のサイレンや黒煙にも気を止めず、一心不乱だった。
『その角を左に200メートル直進した先の白い建物だ!』
左耳のインカムから、仲間のオペレーターの指示が飛ぶ。わらわらと流れ、立ち止まる人々の波に逆らって、男は走った。
トレンチコートが、正面からの風に遊ばれる。
向かい風は彼の顔面に大粒の雪を吹き付ける。鬱陶しいが、彼はそれを払わなかった。
ひたすらに走ります、見えたパート。白い5階建てのアパート。女がひとり、入り口から出てきたのに、入れ替わるように駆け込む。
赤毛の女は、さっと身を引いて彼をかわし、怪訝に顔を曇らせた。
入って早々に、螺旋階段を見上げる。
「どの部屋だ?」
呟き、階段を上がる。
オペレーターが直ぐに正解を教えてくれた。
『503だ!5階の3号室』
「了解」
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