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「女は私を産んだことで心を壊した。恐怖ゆえに。女の夫はさぞ私を憎んだろう」
自分の母親を母と呼べない哀しみは、錫杖の男には判らない。彼なりに、微妙な問題があるのだ。対する少女はどう思っているのか。
鬼女が続ける。
「異形への人身御供として、私は差し出された。男は、魔王の娘であるならば、生き延びられるだろうと言い捨てて、私を置き去りにした」
じゃらんっ
錫杖が地面に突き立てられる。卒塔婆形部にある数個の輪が重く鳴って、鬼女が身動ぎした。
鋼の輪が重なり合って、重苦しい音が響き始める。
「ならば何故、涙を流す」
少女の言葉に鬼女が目を瞬いた。
紅く輝く瞳から、滴が。
怒りのためか、哀しみのためか、彼女の頬を伝った。
「死に物狂いで私は生き延びた。その私が抵抗もしない娘たちを喰って何が悪い。誰が哀しむという」
質問に答えず、鬼女は挑むように、少女の頬の曼珠沙華を見据えようとする。
だが、彼女は見続けることができずに、顔を背けた。
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