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 ふう、と息をついた人間の娘が、座る切り株から腰を上げて少年の方へとやって来た。 「ザインから来たのはわかったわ。でもね、ここは『エイラ平原』の手前よ?」 「……?」 「第二峠は、ディレステアとザイン、エイラ平原全ての境なの。ディレステア北端にしてザイン南東部なのに、アナタはザインから東に向かって、第二峠とは方向が違うの」  なるほど、と少年は納得する。 「まぁつまり……アナタにはちょっと戻ればいいだけだから、とても簡単な道のりなのよ」 「――?」 「途中で気が付いて、逃げられても嫌だし。それでもアナタは私達を守りながら、一緒に第二峠まで行ってくれるの?」  少年にはそこで、人間の娘が地理を伝える理由がようやくわかった。 「……あんた、いい奴だな」  人間の娘と忍の少女を守ることと引き換えに、第二峠に連れていけ。そう言った少年に、それは対価の釣り合わない取引だと、人間の娘はきちんと先に教えているのだ。彼女達のことを助けたとはいえ、こんな化け物のヒト殺しに対して。  人間の娘の返答は忍の少女も同じ心のようで、若いわりには肝の据わる二人であり――対して少年は、これまで大人のように仕事をしたことがない。取引に応える覚悟を決めるために、僅かの間、黙り込んで俯く。 「……あんた達二人を、どんなことをしても必ず、第二峠に送り届ける。だから俺も……一緒に連れていってくれ」  黒いバンダナの影が差す目で、人間の娘と忍の少女をまっすぐに見る。知らず氷点下となっていた声色に、人間の娘が体を竦める。  娘の肩に忍の少女が重く手を置き、危険は承知と言いたげな空気で頷く。忍の少女は、少年を信頼したわけではないと鋭く赤い目で語る。それでも少女達はそれだけ、見知らぬヒト殺しに頼らなければいけないほど、窮迫した状況でもあるようだった。  そして少年は、驚くべき事情を人間の娘からきくことになる。  自然の秘境ザインで、南にある人間大国、「ディレステア」の人間など滅多に見かけない。  道具や武器の発達したディレステアを除き、農耕や狩猟が中心で原始的なこの大陸では、猛獣だけでなく鬼や(あやかし)といった人間を食らう化け物が闊歩している。数が多いだけの弱者である人間が、女二人で出歩くのは自殺行為だった。  人間の娘の頼みで、殺した男達を埋葬することになった。  人間の娘は腰に届く長い金髪と、両耳の上で小さく括る髪を軽く揺らし、隣にいる忍の少女と顔を見合わせ、溜め息をついた。 「アナタはゾレンの化け物さんだけれど……私達の敵じゃないみたいだし」  少年は土を掘る即席の鋤を作るため、手ごろな石を探しながら聞く。その姿を見つめ、娘が歯を噛み締めて言った。 「藁にも縋る思いだし、隠さずに言うけれど……さっきの彼らは、私の国の民よ」 「……?」 「おそらくはディレステア反乱勢力に唆された、哀れな末端の者達」 「ってことは……あんた――」 「私は『アヴィス・ディレステア』。砦の国ディレステアの、唯一にして第一王女よ」  だから自分には、彼らを埋葬する義務がある。  今にも泣き出しそうな痛ましい目で、人間の娘は少年をまっすぐ見つめていた。
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