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 吐き気を振り切り、王女達の事情を改めてきくためにも、そろそろ中に入ることにした。  野営の準備で昼間は忙しかったが、洞窟内で串刺しの魚を嬉しそうに齧る王女はやっと寛げている。少年を見ると、ヒト殺し相手には考えられない緩さで微笑んできた。 「キラ、今日は本当にありがとう。アナタがいなければ、どうなっていたかわからないわ」 「……俺は別に、大したことはしていない」  それは少年には、全く謙遜ではない。  この洞窟を包む熱を始め、弱い人間の娘が生き抜ける環境を作ってきたのは忍の少女のたゆまぬ努力なのだと、死体を埋める間中、少年は抜け殻蛇に延々と聞かされていた。 ――シヴァちゃんの張る『壁』は、その中で使われる『力』の熱……威力を奪えるにょろ。  忍の少女の珍しい「力」、「壁」は王女を中心に無色に広がり、化け物の気配探知や探索魔術から中の者を隠す作用を持つと抜け殻蛇は言う。だからこれまで二人は無事に逃れてこられたが、今朝は人間の男達に襲われたせいで、「壁」が一旦途切れたのだという。 ――シヴァちゃんに『壁』の維持と戦闘、両方やれというのは酷にょろ。だからオマエの役目は近接戦にょろ!  忍の少女は四六時中、王女を守るために「壁」を維持し続けているらしい。  少年が洞窟に入る前に、覆面をずらして食事を終えた忍の少女は、これから眠る間にも「壁」を維持するためという魔法陣を、洞窟のあちこちに刻んでいるのだった。  小さな魔法陣の内で燃え盛る火を、王女と忍の少女と三人で囲む。薪はないので、煙の出ない不思議な温かさに、人間達から四肢のこわばりが徐々にほどけていく。  身分を隠す質素な朱い貫頭衣の王女が、おそらく話しやすいだろう事柄から、無意識に少年は最初に尋ねていた。 「……なぁ。第二峠には、何で行くんだ?」  その質問自体が、あまりに世間知らずのヒト殺し。王女が苦笑いながら話を始める。 「ディレステアには、国をぐるりと囲むあの外壁があるでしょう? 私達が国に帰ろうと思ったら、全部で六ヶ所の『峠』を通らないと、他に外壁を貫く道がないのよ」 「……」 「ディレステアとゾレンは長く争いを続けているから。第二峠の二勢力、ザインの警備隊は不干渉の中立だけれど、第三峠を司る『レジオニス』は信用できなくて。本当は第三峠から帰りたかったのだけれど、あえて第二峠に行く理由は、第二峠に赴任してもらっている大使がとても信用できるヒトだからなの」  少年はそこで、レジオニスという謎の単語が気になったが、それはまた違う話らしい。 「大使というのは、ディレステアの六つの峠と接する地域が、互いに出入りを守るために敷いた関所――『大使館』の監視者なのだけれど」  人間ばかりの砦の国は、国境の堅固さが生命線となっている。その壁を挟み関所となる各地の大使館は連絡通路で繋がり、大使が許可した者だけがそこを通れる仕組みだという。  無言を通す忍の少女の膝で丸くなっていた抜け殻蛇が、ここで揚々と口を挟んできた。 「ディレステア大使館はディレステアの外側に、よその大使館は大体ディレステア国内にあるにょろ。つまりお互い人質をとって、国境の不可侵を約束してるんだにょろ」  楽しげに茶々を入れる抜け殻蛇に、少年は溜め息をつきながら反論する。 「人質として成立しないだろ、あんな強い化け物。弱いのは、ディレステア大使館の人間一人……ディレステア大使だけなんじゃないのか?」 「おお! オマエなかなか、鋭いなにょろ!」 「…………」  複雑な気分になる少年には、「大使」という存在が、基本は強大な化け物だと知っている理由があったが――自分の話などしても仕方がないと、引き続き王女の声に耳を傾ける。 「第二峠は広い町で、レジオニスもザイン三大勢力も噛んでいるから、盛栄だけれど……ある意味、最も危険な峠なのよ」  ……何で? と首を傾げる少年に、王女は唸るように険しげな赤い目を見せた。 「あからさまに紛争中のディレステアとゾレンより、本当に険悪なのは雑種大国ゾレンと全ての近隣。そして雑種の宝庫ザインと、純血軍団レジオニスのエイラ平原だと教わったことがあるの」  雑種とは、ヒトの姿をしながら、人間にない「力」を持つ化け物のことだ。純血というのは人型も怪物も合わせ、天使や悪魔など、世に名だたる有名な神威と言える。  ザインは世俗に縛られない雑種が多く、純血との確執も根深い隠れ地雷原なのだった。  そしてようやく、王女達がこんな異郷にいる理由に話が至った。 「そんな化け物のただなかで、ディレステアはゾレンと争っている場合ではないの。我が王家はずっと、和平を念願としていて……此度はついに、第四峠で和平交渉が設定された、十年ぶりの重大な局面だったのよ」 「和平……交、渉?」  一瞬、まるで天地が翻るように頭がぐらりとした。  ゾレンとディレステアが最後の休戦協定を破ってから、十年を越えている紛争。それが終わる可能性があったのならば、かつて少年にささやかれた、儚い声を思い出してしまう。 ――いつかきっと……戦いが終われば……。
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