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翼を失くした黒い鳥は、暗い地上の道を探して、眼火を紅く光らせているのだろうか。
人間の娘の無事を願う健気さが柔らかく薫っているのに、その目色はまるで闇夜の森をさまよう魔物のようだ。多様な化生が住まう秘境にいた少年は今更にそう思う。
(……凄く、キレイなのに)
覆面の下は全く見えないが、少年にとって、黒い鳥は存在そのものがキレイだった。
キレイな黒い鳥は、キレイなままがいい。初めの想いをようやく自覚しかけた少年に、そこで冷水を浴びせるが如く、場の本題は切迫した話に切り替わった。
「キラ、よく聞いてね。キラが今日殺した人間達のことは、シヴァが殺したことにして」
「……え?」
いつの間にか王女はとても厳しい顔色で、何も考えていなかった少年をたしなめるよう見澄ましていた。
「第二峠についたら、自分達から警備隊に彼らのことを申告してしまう方が無難なのよ。だから口裏を合わせてほしいの」
そもそもヒト殺しとは、治安管理者の取り調べを受けるべき重大な問題だ。さらには、警備隊を敵に回さない方がいいと、王女が確信を持って告げる。
王女の真剣さはわかったものの、それでも何故か、頷くことができずに体が固まる。
「ザインは完全中立地帯。中立維持者である警備隊も、介入権限を持つのは異種・異国間の紛争のみなの。つまりはね、同国の人間同士の諍いには関与できないの」
「それは……知っているけど……」
異種争いの根強い秘境ながら、それ以外は我関せずの中立の地では、同種間の揉め事に部外者が関わること自体が忌避されている。だから王女は、ディレステアの人間の男達を殺したのは同国者である忍の少女として、干渉そのものを帳消しにしたいのだという。
「それで本当に、あんた達は第二峠を越えられるのか?」
忍の者の黒い鳥はディレステア人であるというが、人間であるのかすらも少年は納得がいかない。王女も難しい面持ちで、不安を払拭できないようだった。
「ディレステア大使館は当たり前だけれど、ザイン大使館のクラン・フィシェル大使は、もうありがたいくらいに、親ディレステア派なの」
だから後は、とにかくディレステアに行ってしまえばいいと、ヒト殺しの少年の重罪を王女は本気でもみ消そうとしている。
頭脳の優れる者が多い人間という生き物は、そうしたところは化け物より非情なのだ。それを王女の次の断言で、少年は思い知らされる。
「その二人の大使から許可が出れば、警備隊が何を言おうと、私達は国に帰れるの」
年齢不相応に、王女が冷たい眼差しをたたえた。反論の余地はなさそうだった。少年は自身が第二峠を目指した理由を王女の言で思い出して、咄嗟に言葉を失ってしまう。
咎人として第二峠に行く。それがどんな意味を持つか、今頃まざまざと自覚が襲い来る。
身動き一つしなかった忍の少女は、少年の咎を引き受けろと言う王女の提案を、当然と思っているようだった。王家の命だとして王女が証言すれば国内では正当防衛が認められ、全員が助かるのだというが……化け物の少年にはどうしても、胸の悪さがぬぐえなかった。
王女への答は濁したままで、夜風の吹きつける洞窟の入り口へ見張りに戻っていった。
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