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 「神」の戒めで、化け物であれ人間であれ、ヒトの殺し合いは民間ではご法度にあたる。  しかし天使など高次な使徒の介入は稀で、当事者の裁きは各地の自治に任されている。明文化された法を持つ「国」など、地の大陸ではディレステアとゾレンくらいだった。  謎めいた「神」――世界の「理」にして「力」、無数にして唯一という概念的な存在の下、結局、世界を牛耳っているのは「力」だ。だから黒い鳥も、敵を「力」ずくで排除し、ヒト殺しと呼ばれてもかまわない強さを自身に求めているようだった。  声なき黒い鳥の心情が、少しだけわかったせいか、少年は何も言えなくなってしまった。  代理の魔法陣を描き終わった忍の少女は、ずっと張っていた「壁」を解除したらしい。魔法陣の効果が及ばない入り口では、春先とはいえ厳寒が襲ってきた。  魔物や敵を寄せ付けないため、道中の黒い鳥はかなり広範囲に「壁」を張るのだという。少年が王女達を見つけたのは、麓にいた黒い鳥の「壁」を辿った結果だったのだ。  先程の王女との会話で、何が納得いかなかったのか、改めて考えてもわからなくなった。背中に冷気を突き刺す壁にもたれ、片膝を立てて座り、外の森を眺めていた少年だったが。 「……え?」 「…………」  洞窟から出てきた忍の少女が、妙に不服げな顔で、気が付けば傍らに立っている。  何事かと思う間もなかった。疲れているはずの忍の少女は、少年のすぐ横にかがむと、石床に追加の魔法陣を刻み始めた。 「別に俺は……」  「壁」がなくとも少年は気配を殺せ、隠れることができる。寒気による消耗も重大ではない。それなのに黒い鳥は余分な「力」を使い、少年にも熱を届かせようとしている。  上体を起こし、黒い鳥を制止しようとした少年に、顔を横向けた黒い鳥は――  がんと、僅かに出す白い肌に青筋をたててまで、止めようとする少年をきつく睨んだ。 「――」  それは黒い鳥自身が、己の甘さだとわかっているが故の怒りらしい。わかっているなら少年も、何も言うことはできなかった。  有無を言わさず魔法陣を描き終わった黒い鳥は、不機嫌そうなまま洞窟に戻っていった。 「……何だ、あれ」  「壁」の内ほど強くはないが、黒い鳥の心を受ける熱が、じわりと少年の周りに広がる。  黒いバンダナが目陰(まかげ)を差して、ずっと無表情である少年。その口元が微かに緩んだことには、少年自身を含めて、誰も気付かなかっただろう。 「月が……キレイだな……」  疲れで余力などないのに、どうでもいいことを少年は何故か呟き……些少な休息ではあるが、久方ぶりの、慣れた半睡に入っていった。
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