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強大な化け物だらけの土地を、あらん限りの力を尽くして逃げる二人と一匹の中で。
それはいったい、誰が見た悪夢……おそらくは近日の、苦々しい記憶だったのだろう。
軽い口調で、重い話を持ちかける緋い人影。
――取引をしないか? 王女様よ。
さらりと緋い前髪がかかる金の炯眼に、悔しげな黒い鳥が映し出される。ヒトの無力をよく知る弱小な人影は、僅かなものを救うために、とても大きな代償を求める。
そしてそこに被さるように、贖いを引き受けた者の、酷く静かな声が響く。
――本当にすまない……俺が力になれるのは、どうやらここまでらしい。
……どうして、と、思わず叫びそうになった。
その慟哭も、いったい誰の心だったのだろうか――
身をよじるほどの激しい憎悪で、少年は飛び起きるように目を覚ましていた。
体だけでも休めるために、浅い眠りを維持していたのが仇となったようだった。
(なん……で――……!?)
五感が故障した少年には、よくある境界線の融雪……すぐ近くで眠る者の夢を共に観たのだろう。
(あれは……アイツ、は……)
少年の憎悪を呼び覚ました人物。
その灰色の眼の男は、王女の護衛だったのだろう。細身でも鍛えられた体で、才気ある銀の髪に比べ、彩のない眼は冷え切って見え……無様な一言一句が全て、少年の癇に障る。
――他の兵士は全て陽動につかせる。二人だけで必ず、『壁』に隠れて国に辿りついてくれ。
己の不甲斐なさを詫びながら、灰色の眼は何処か違う遠くを見ていた。それで王女達はたった二人で逃げてきて、昼間の者達に襲われる羽目になったのだ。
王女も黒い鳥も、それはよほど辛い選択だったと、ひたすら胸苦しい夢は物語っていた。
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