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 人間の娘の外套内から、跳ねるように出てきた緋色のソレ。ずっと隠れていたらしいが、がさがさに乾き、小さく幅寄せされた抜け殻だけの蛇もどき。そうとしか言えない物体が忍の少女の肩へ跳び乗り、唖然とする少年に対して、謎の語尾の人語で説教を始めた。 「ゾレンのバカかにょろ、西部者か東部者かにょろ? バカっぽいから西部者にょろ!」  少年の母国――海易の盛んなゾレンでは、異大陸で流通する新語が国語とされている。しかし地の大陸では少数派である言語を、謎の物体は少年に合わせてなのか流暢に操る。  少年は気圧されながら、場にいる他の者にもわかるよう、今まで通りに共通語で返した。 「いや……俺は、ザインから来たんだけど」  何だとにょろ!? と、ソレはますます、目らしき空洞に真っ黒な異彩をたたえた。  ヒトでも魔物でも獣でもない、謎の物体。無表情のまま黙り込んだ少年を見かねてか、人間の娘が抜け殻蛇の首をむんずと握り、忍の少女の肩から引きはがしていった。 「デューシス、アナタはちょっと黙っていて。これ以上話をややこしくしないで」 「でもアディちゃん、コイツ、危険人物だにょろ?」  人間の娘は蝶々型に抜け殻蛇を結び、今度は共通語を話すソレを強引に黙らせんとする。 「危ない時はいつもいつも、自分だけ隠れるアナタよりずっとマシよ、デュー」  ねぇ? と人間の娘が忍の少女を見る。忍の少女も重く頷き、抜け殻蛇はそれが意外にこたえたらしい。大きな口を半開きにしたまま、素直に静かになっていった。  人間の娘は努めて何事もなかったような顔を作り、抜け殻蛇を外套内の衣嚢(ポケット)にしまう。 「そう言えば……アナタ、名前は?」  まだ衝撃の冷めやらぬ少年にとって、その当然の問いは、よくない不意打ちだった。  己が名と共に浮上する、隠れ里での赤い記憶。灼熱の心の臓が胸裏を叩く。 「……キラ。『キラ・レイン・S』」  溢れる悪心のせいで、バンダナの下の目で睨むように答えてしまい、人間の娘も余裕を消して少年をきつく見つめた。 「……『S』? 『(ジー)』ではなくて?」 「――……」 「アナタはゾレンの化け物さんでしょう? 手にもそう書いてあるじゃない」  娘が「Z」の刻まれる少年の手背を見る。答え方を間違えたと少年はすぐに悟る。 「……父さんがザインで、母さんがゾレンの出身だから。ザインではそう名乗っている」  話し相手の感情の機微に、同時進行で影響される少年はすぐに釈明する。不審を抱いた人間の娘は、少年の切り返しの速さを見て、自然な回答と納得したようだった。隣で睨む忍の少女については、この程度で警戒を緩めないのは当然のことだろう。
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