魔法使いの青(The Great Blueness and Other predicaments)

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 あの頃。懐かしくなりつつある一年の春のこと。  俺にもまだ、中学生らしいきらきらした部分が残っていて、ブランド物の制服と、何もかも新しい荷物に囲まれて、三年間過ごす予定の部屋に入っていった。  オタクではあったけど、腐ってはいなかった。  時田は、人当たりは良いけど少しうるさいやつ。そんな認識のされ方で、一年三組の中の生徒だった。美化委員会に入って、探検がてらに校内の掃除用具の点検をした。部屋に戻ると、共通スペースには誰もいなくて。同室でクラスメイトの男は、必要最低限部屋から出てこなかった。  初めは、どちらが良いのかと迷っていた。  三年間一番近い距離にいるのだから、もっと話しかけて仲良くなるべきか。三年間も一緒にいるのだから、お互いに干渉せずに相手のやりたいようにやらせておくべきなのか。  ――迷った俺は、あの時、隣の部屋のドアをノックした。 「はい」  サクの声がする。  いつもとは違うやり取り。ノックをする俺も変だが、答える方もおかしい。気のしれた相手なので普段は何も言わずにドアを開けている。それなのに、こんな時はやけに丁寧。  ノックもせずに二年間、息子とよろしくしている様な気まずい場面に遭遇しなかったのは、俺の運の良さか。  いや、こんなところで運を使っているから、大事なところですぐトチる。    ベットに座ったサクの傍らには、読みかけの漫画が開いたまま、裏返しにして置いてある。自分の私物でやられたら発狂ものだ。漫画が痛む。潔癖のくせに、許容範囲が謎だ。 「先週発売したばかりの新刊じゃん。終わったら貸して」 「おう」 「それで、青が人間を悲しくしたって?」  漫画を貸すのと同じ気軽さで、続けざまに返事は来ないか。  自分が絵本の内容を聞かれているものだとは思っていないらしい。そうだ。聞いているのは髪を青く染めた俺について、悲しんだり悩んだりしている輩がいることについてだ。 「俺がサクを悲しませているって?」  もっと寂しそうに言えば同情をかえるだろうに、高圧的な態度をとってしまう。怒っていると思われたかもしれない。  二割くらいは、それで良い。けれど、残りの八割が分からないと、テストなら赤点のラインだ。テストじゃないから良いなんてことはない。  残りの感情の内訳も、サクが当ててくれれば良いのに。自分でも、残りの感情がなにで出来ているかが分かっていないから。
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