第1章

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ただ、春人の実家は兵庫県の酒どころであり、帰省した時はたまに少しだけ飲むことがあった。そうしているうちに、日本酒が少しだけ好きになったので、店でも日本酒を飲むようにしていた。  里香が料理の手を止めて、「最近、調子はどうなん?」と聞いてきた。 「調子って、なんの調子?」と春人は聞き返す。 「いろいろやん。仕事とか、野球とか。どうなん?」 「仕事はまあまあ順調だよ。特にお客さんは増えてないけど、減ってもない。マイペースでやってる。野球は、いまは自分でまたプレーしてるよ」 「ほんまに?またピッチャーとかやってるん?」 「そうだよ。少年野球を数年やってて、自分の野球も上手くなったわ。少年野球のときに野球のことを結構勉強したから、それが役に立ってる。長年野球やってきたけど、まだまだ知らないことがたくさんあったよ」 春人は「道楽」で里香と話すときは関西弁になるが、普段は標準語で話をしているため、標準語まじりのヘンな関西弁になりながら答えた。 「ほんまなん。よう頑張るなあ」と里香は答えた。そこでガラガラッと戸が開いて2人組のサラリーマン風の男性が入ってきた。里香は「いらっしゃいませー」と言う。  春人は去年まで約8年間もの間、少年野球チーム「北塚スパイラル」で、コーチと監督を務めた。現在中3の長男昴(すばる)が小学1年生の春に野球を始めてから5年生が終わるまでの5年間、コーチとして少年野球に携わった。しかし昴が6年生の春、最終学年を目の前にして昴の3学年下のチームの監督をやる人がいないということで、懇願されて春人はその学年の監督になった。 そして、その学年を3年・4年・5年と3年間見てきたのだが、チームの代表や選手の親との指導方法に対する考え方の違いなどから春人が孤立してしまい、辞任せざるを得なくなった。 また、それとは別に、昴が6年生の時、下の学年の監督になるかならないかで家庭内では揉めに揉めた。元妻の香奈枝とはそれまでも色々といさかいがあったのだが、監督就任時に「昴を見捨てるのね!」と言われたことから喧嘩になり、しばらく冷戦状態が続いたのち、結局離婚をすることになってしまった。昴と、小学校3年生の娘の依理(えり)は、妻と共にもとの家に住んでいる。春人は一人で経営している会社の、事務所兼用の小さいアパートで独り暮らしである。
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