第1章

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 春人は少年野球も家族も失ってしまい途方に暮れたが、気持ちを切り替えて仕事に打ち込むことにした。8年間も少年野球に没頭していたため、実を言うと会社の経営が傾きつつあった。少年野球を辞めてからは経営に集中して、何とか立て直した。 また、春人は少年野球をやっていた約8年間、自分でプレーする草野球や、趣味である大好きな競馬も我慢していた。しかし、昨年監督を辞めてからは、草野球や競馬場に通うようになった。久しぶりの感覚が楽しかった。野球のプレーは、ブランクもあってしばらくは切れを欠いていたが、また最近は昔に戻りつつある。減量やトレーニングに精を出しており、少年野球に没頭していた時よりも健康になったかもしれない。 そして、時間に少し余裕もできたため、こうやってたまに美人店主である里香の顔を見ながら飲むことができる。春人は、家族や少年野球を失ってしまった寂しい部分を心の一部に抱えながらも、楽しいことでそれを覆い隠すことによって、また人生を楽しむことができるようになっていたのだ。 次の週の金曜日、春人がまた「道楽」で食事をしながら飲んでいると(いや、飲んでいると言っても春人はほとんどお酒が飲めないため、ソフトドリンクが主であったが)、見覚えのある人物が入ってきた。顔は日焼けをして真っ黒で、少しずんぐりとした体形をしている。あまり似合わない地味目のスーツを着ているので一瞬わからなかったが、よく見ると同じ市内の少年野球チーム、「西浜ヴェガス」の藤波監督だった。 藤波は「おお!中里ちゃん、久しぶり!」と馴れ馴れしく声をかけてきて、春人の隣に座った。「中里ちゃん」なんて、グラウンドでは言われたことがなかったが、飲み会の席ではいつもこのように馴れ馴れしく話しかけてくる。それが恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。 藤波をはじめ、市内近隣の少年野球チームの監督たちとは、以前よく飲みに行き、親しくさせてもらっていた。みんなに監督を辞めるか辞めないかなどの相談をしてアドバイスをもらったりして、相手チームの監督同士の付き合いというよりは、人間として心の芯からお付き合いさせてもらっている、という感覚があった。
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