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藤波は指導者として大変優秀であり、数々の大会で優勝していた。今年、全国大会につながる春の市内大会でも優勝したということを、春人はインターネットで調べて知っていたので、まずは「おめでとうございます」と祝辞を述べ、藤波の前に置かれたお猪口に、自分が注文して残っていた日本酒を注いだ。そして盃を交わして乾杯をする。
「いやあ、ありがとう。まさか優勝できると思ってなかったよ」と藤波は謙遜して言う。
「そんなことないでしょ。楽勝の連続だったんじゃないですか?」
「そうでもないよ。逆に接戦の連続で、冷や汗かきっぱなしだよ。ずいぶん痩せたよ」と言って、ベルトをつまみながらいたずらっ子のような笑顔を見せた。しかし、ベルトに肉が少し食い込むほどの立派な体型で、とても痩せたとは思えない。
「まあでも、よかったですね。県大会もぜひ優勝して、全国に行ってくださいよ」と春人が言うと藤波は、「県大会はまたレベル高いからなあ。でも、頑張るよ」と言い、慌てて
「いや、選手が頑張るんだけどね」と付け加えた。
「僕が監督だったらうちが県に行ってたんですけどね」と、春人が軽くジョークを飛ばす、藤波は否定せず、「そうだよね。中里ちゃんが監督だったらスパイラルには負けたかもね」とお世辞を言い返してきた。そして、
「ところで中里ちゃん、今何やってんの?暇してんじゃないの?」とすこしかすれた声で聞いてきたので、春人は「いやあ、やめてからの方が意外と忙しいですよ。野球に競馬、仕事も」などと笑いながら返す。すると、藤波は笑うことなくちょっと神妙な表情になって、
「いやね、今さあ、下の学年の監督をやる人がいないんだよね。中里ちゃん、うちに来て監督やってくれないかな?」と、結構重要なことをさらっと言ってくる。
春人は一瞬何を言われているかが理解できなくて、グラスを持つ手が止まってしまったが、「急にそういわれても、びっくりするじゃないですか。僕はヴェガスのことなんて全然知らないし、外様だし、北スパ(北塚スパイラル)を追われた身ですからね」と答えた。
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