第1章

8/30
前へ
/30ページ
次へ
 すると、「うん、やりたい!でも、どうかなあ。お母さんにはまだ言ってない。言ったらダメって言われるかも」と依理は答える。春人は、「そうか、やりたいのなら、やった方がいいんじゃないか。同じクラスの女の子もいるんだし、やってみればいいんじゃないかな」と、依理に言った。それから、「気を付けて帰れよ。また遊ぼうな」と言い残し、依理と握手してから、ゆっくりと歩いて帰宅した。 春人はその夜、西浜小学校からの帰路にある大型スーパーで買った、ちょっと健康を考えた野菜多めの惣菜を温めながら、少年野球や依理のことを考えていた。春人の中で、一つの考えが浮かんでいた。もし僕が西浜ヴェガスに行ったら、依理としょっちゅう会えるんじゃないか、それは最高だと。昴のときに大変な思いをした香奈枝が、依理の入部をそう易々と認めるとは思えないが、昴のときの色々とあったチームとは違うし、依理がやりたいと言えば、もしかしたら入部させる可能性もあるんじゃないかと考えていた。香奈枝は意外と子供が好きなことを優先させることが多かったのだ。 近くに住んでいるとはいえ、息子や娘とは月に2回程度しか会えず、春人はとても寂しい思いをしていた。昴の中学校の試合はよく見に行くが、香奈枝や他の母たちと会うのにもちょっと気を遣うところがあった。もし毎週土日に娘と、堂々と逢えるのだったら、こんなに嬉しいことはないな、と春人は思った。しかも、大好きな野球を通じてである。春人は、親娘で西浜ヴェガスの濃紺のユニフォームを着て試合に挑み、依理と歓喜のハグを交わすシーンを想像した。 次の週の土曜日、昼過ぎに競馬場から帰ってきた春人は、また西浜小学校のグラウンドに行ってみた。遠巻きに練習を見ていたが、3、4年生くらいの子供と親子が練習している。女の子らしき子が何人かいたので、先週見たのと同じ学年の子供達がやっているのだろうと思った。 春人は外野から3塁側の方に回って、3塁ベースの斜め後方にある鉄棒に寄りかかりながら練習を見ていたが、どうも部員が増えているようだ。よく目を凝らしてみてみると、女の子が全部で4人になっているようだった。さらに、そのうちの1人は、まぎれもなく白い練習用のユニフォームを着た自分の娘、依理であった。さっそくもう入部したのか、と春人は意外に思い、少し驚いた。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加