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「はい、先生」
去年拒んだはずであるチョコレートを、今年も彼女は笑顔で差し出す。
俺が受け取れないことなど、百も承知であるはずなのに。
「……先程、廊下で見慣れない女医を見かけましたが」
俺は片手でそれとなくチョコレートを拒絶しながら話題を変える。
「彼女は、一体」
この邸の彼女が暮らす区画で、見慣れない人間を見かけるのは久しぶりだった。
『知らない人間に会う』という些細な刺激だけで、彼女の容体が変化する可能性があるから、この区画に立ち入ることができる者は、使用人に至るまで厳格に決められている。
その区画に踏み込むことができたということは、彼女は当主が許した客ということなのか。
「気にしないで頂戴、先生。
彼女はもう、ここには来ないわ」
怪訝な顔をする俺の前で、彼女は可憐に微笑んだ。
まるで深窓の令嬢としての模範的な回答を示すかのように。
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