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いつもならヘラヘラ笑うか宥めるかしてくるのに、今は犬に威嚇されているようにでも見えているのか、睨まれても一層だらしなく表情を緩めるだけだ。
どんだけ犬好きなんだとどこか外れたことを考える龍臣だが、まだこの状況を受け入れきれてはいない。
一体なんでこんなことになったのか。
なんの予兆もなく突然現れた犬耳と尻尾。しかしなにか原因があるはずだ。
そう考えて思い当たることといえば、さきほどの飲み物のことだ。
アクエリアスでは断じてなかった変な味の飲み物。どう考えてもあれが怪しい。
だが飲んだら犬耳が生えるなんて飲み物がこの世に存在するのか?…ありえない。
と思いたいが実際生えてしまっているのだ。
こうなったらボトルの中身を入れ替えた犯人を見つけるしか…
龍臣はぐるぐると普段は使わない頭を酷使していた。
その為、背後に近寄る人物の存在に一歩気付くのが遅れてしまった。
「っ!!」
突然さわ…と犬耳を撫でられ、龍臣の体がびくりと跳ねた。
そして反射的に振り返りざま背後の人物を殴っていた。
あだっ、と口から呻き声を溢しその場に倒れ伏せる羽柴。
頬には赤い拳マークが刻まれている。
コイツは放っておくとすぐこれだ…龍臣は溜息をつきたくなった。
とにかく、こんな姿を他の組員に見せる訳にはいかない。
幸いなことに、今の鍛練場には龍臣と羽柴の姿しかない。
いつまでこの状態かはわからないが、さっさと着替えて自室に戻るしかないだろう。
そしたらすぐに寝よう。寝て起きれば治っているに違いない。
そう思うようにした龍臣は、伸びている羽柴を置き去りにしその場を後にした。
ロッカーで着替えを済ませたはいいが、龍臣は鍛練場の出口から動けずにいた。
鍛練場はほぼ貸切状態だったため他の奴に見られることはなかった。
しかし問題はここからだ。
鍛練場から龍臣の自室までの距離は、およそ500m。そう、遠いのだ。
これほど自宅がでかいことを憎く思ったことはないだろう。
この500mを、誰とも会わずに通り抜けなければならない。
かなり難しいミッションだ。
だがだからといってこの場から動かなければいずれ誰かしらに見つかってしまうだろう。
ええい仕方ない!龍臣は半ば自棄になりながらも動き出した。
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