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耳はくすぐったかっただけだというのに、尻尾だとこうも嫌悪感を感じるのはなぜなのか。
これも犬の習性のせいなのか。
そろそろ本気で苛立ってきた龍臣が声をあげようとしたとき、それよりも早く亜笠の手が離れた。
「亜笠…これ以上は見逃せないよ?」
絶対零度の声音が聞こえてきて、龍臣が視線を横へずらせばそこにはもう一人の召喚獣の姿が。
亜笠の手を掴み尻尾から外させていたのは、言わずもがな藤である。
「ちっ…ったく、せっかく二人きりだったのにな」
「さっき舌打ちした?いい加減に龍臣に手を出すのはやめようか亜笠」
「あーはいはい。羨ましいなら素直にそう言やあいいだろ」
「そんなわけないでしょ。どんな勘違いをすればそのなるのかな」
「ひん曲がってんなお前は」
「亜笠程ではないよ。龍臣、大丈夫?」
毎度恒例の口喧嘩を右から左に受け流していれば、藤に問いかけられ力なく頷く龍臣。
気だるげなその様子からさっさと寝させてくれと思っているのは間違いない。
「やる気のねえ犬だな」
おかしそうに笑った亜笠を咎める気力も起きないようで、龍臣は脱力して目を閉じた。
こうなったら龍臣はてこでも動かない。
それを知っている亜笠はつまらなさそうに肩をすくめると、龍臣の頭を一撫でしてから姿を消した。
「全く、目を離すとすぐこれだ…」
はあ、と溜息をつき藤は龍臣を見た。
横向きで眠りにつこうとしている龍臣の頭と腰辺りに生える犬のそれ。
確かに亜笠がいじりたくなる気持ちはわからないでもない。
ただ、藤は亜笠と違って可愛がりたくはあるが、それ以上の欲はないつもりだ。
ましてや情欲なんてものは、龍臣に対して向けたことなどない。
藤が龍臣に向ける感情は、情欲よりももっと深く、清いものだ。
藤はそっと身をかがめると、垂れ下がった灰色の柔らかい耳に口づけを落とした。
ぴくりと微かに震える犬耳が可愛らしい。
無意識に口元に笑みを浮かべると、藤も早々にその場から消えた。
漸く、部屋に静寂が訪れる。
龍臣は薄く目を開くと、手探りでリモコンを掴み、再度灯りを消した。
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