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口を開いたのは佐竹だ。
「羽柴が休暇に部屋を訪ねたとき、若さんは断る理由を言わなかったんだな?」
「そうそう。いつもだったら断るときは“めんどいからパス”とか、“眠いから今日は寝る”とか理由つけて断るのに」
それが理由というのもどうかと思うのだが、まあ龍臣らしいといえるだろう。
ちなみに龍臣の台詞らしきところは羽柴が声真似をしていた。
「それで、粟島さんの時の若さんはどこか上の空だったと」
「ああ。まるで他のことを考えていたみたいに、俺の言葉が聞こえていなかったようだ」
「確かに、珍しい反応ですよね」
どれだけ外交の仕事が嫌いであったとしても、一応仕事中はその仕事を責任もってやり遂げるのが龍臣だ。
移動中であったとしても、粟島の言葉が聞こえなくなるほど呆けているなんてことは今までなかった。ましてや粟島は次の取引相手のことを話していたのだ。
「佐竹の方もどこか俺の時と似た態度だな」
「そうですね。ただあの時は何かに気を取られていたようですけど…」
「でもその何かがわかんないんだろ?」
「はい」
これだけでは龍臣が何を抱えているのかがわからないではないか。
再び唸る三人に、それまで会話を聞いていた萩原が問いかけた。
「佐竹が見たのは、何かに気を取られていた坊ちゃんな訳だ」
「はい」
「そこには何があったんだ?」
佐竹はその日の記憶を思い出す。
「…特に珍しい物はなかったですけどね。ただ犬の散歩をしていたカップルがいたくらいで」
「だったら坊ちゃんはそのカップルを見てたんじゃないのか?」
「…」
その可能性は考えなかった、と驚いた表情で佐竹は萩原を見返した。
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