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誰かが言った。
「昨日、ウサギ見たんだよね」
「その年で動物園か?」
「ちょっと無いわー」
「ちげーよ、馬鹿かおめえらは。便利屋の方のウサギだよ」
「うっそ、マジ?あの夜にしか見られないっていう?」
「マジだよ、マジ。新宿に行ったんだけどよ、ビルの間ビュンビュン飛んでたぜ」
「うわー見たいわー。今日どこ行ったら見れっかなぁ?」
「写メねーの写メ」
「速くて撮れねーよ」
強い風が吹いてきて、身体が煽られた。
慌ててバランスを整える。眼下に広がるのは夜の街並み。
落ちれば、物理的にサヨナラである。
「彼」は、オレンジのレンズのゴーグルを掛け直すと、ウサギ耳のフードを被った。
「んー、さてと」
一つだけ伸びをして、彼はビルの屋上階の端に立つ。
「仕事、しますか」
彼の身体が風に乗るかのように放り出された。
明かりが眩しい。ネオンサインから車のヘッドライトから電灯から、何もかもが光を放って夜を昼のように染める。人々は上も見ずに黙々と自分の道を歩いていく。
「ウサギだ!」
誰かが声を上げた。
彼にとっての、夜の始まりだ。
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