零世界より

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「《―――》」  床に描かれた血文字の魔法円。難解な文字で描かれたそれの一端で、見るからに老体に鞭を打った様子の男が、両手を床についている。仄暗い部屋で、不気味な呪文を口ずさんでいる彼の目には、枯れた筈の涙が浮かんでいた。途切れそうな意識を、それでもなお繋ぎ止めているのは、光の消えた瞳に宿る強い意思であった。その意思の源は、一つの感情。強い強い――憎しみ。 「《―――我ここに生み出すは、嫉妬の産道。繋げるは零世界。今ここに来たれ――『魔王』》」  輝きは加速度的に増してゆく。その煌めきに怯むことなく――否、すでにそれに怯むほどの視力すら持ってはいない。そんな状態でも、魔法円が輝きを失ったころ、彼の視界は『それ』をはっきりと捉えていた。  ――魔法円の中央、そこには女性の影があった。人ではない。なぜなら、人ならざる大きな巻き角が、その何者かの頭の横に2本存在しているからだ。 「『魔王』の、王角――成功、だ」  言い終わると、老人はその体を地に投げ出した。その物音で、目を瞑っていた人ならざる者――魔王は、目を開けた。 「――へ?」  周囲を見渡す。本棚に囲まれた部屋。薄暗く、じめじめしている。足元には、血の魔法円。そして側に転がっている老体―― 「――ってちょっとっ」  魔王は、すぐに老体に駆け寄った。脈を確かめ、呼吸を確認する。生存を確信した。しかし、 「脈も呼吸も弱々しい、それに魔力失調。エリクサーなんて持ってないし……仕方ない」  冷静に行動を選択した彼女は、手のひらを老人の胸に置き、文言を唱え出した。  言葉が進むにつれて、老体から光が漏れ出す。やがて、また輝きが部屋を埋め尽くした――。
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