第1章

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先にトイレに入ってしまった母親にも気付かず、静かにその場で立ち尽くした。 『引っ越しすんのよ』 彼女も辛いのだろうか。 普段弱さを欠片も見せない彼女の目に、光るものが見えた。 少女は、訳が分からないといった表情で呆然としている。 『渚?何してんの、そんな所で』 トイレから出てきた母親の声で我に還る。 言葉に出来ない感情が、小学二年生の幼心を覆った。 親しい人と離れるのは、初めての経験。 しかも、直前まで知らず、心の準備も出来ていない。 『母さん…イツたち……引っ越すの………?』 母親は驚く。 直前になるまで、息子達には知らせない予定だったのに。 それを、何故自分の息子は知っている? 『何で?イックンがそう言ったの?』 『いま…ミチ達が話してるんが聞こえた…。 なぁ、母さん。オレ……』 母親は納得した。 そして、あの女…と半ば呆れながら、息子の背中を押す。 『そんなのアノヒトの冗談かもしれないでしょう。  それから、人様の話を盗み聞きするんじゃありません。  ホラ、あんたも浴衣着るよ。行った行った!』 渚の『でも』や『だけど』は能天気な言葉に掻き消され、不満を感じつつも、ひとりリビングで待つ少年の元へ戻った。
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