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「なんのために俺はここまで来たんだよ!」
勇者は頭を抱えた。
「わかってたよ! もう魔王が全然魔王じゃないことくらい!」
勇者は両手を地面に付きうなだれた。
「だって、魔王城までせっかくきたのに『出て来い魔王!』って言ったらまずアポイントメントの確認されたよ! 防犯体制ばっちりか! 仕方ないからアポ取って三日後また来たよ! なんでだよ!」
「ああ、あれあんただったんだ」
魔王はジュースを飲んだ。
「いや、だって不審者がいたら追い返すのは当然でしょ。だってほら、いまうち『魔王城㈱』だからそういう変な輩がうちの評判下げようって工作して来たりもするしね」
「ここが本社なのかよ! なにやってるん大事な城!」
「まあ大事な城ってもねえ。ここ、抵当になってるし」
「借金もしてんのかよ! ギリギリ経営か!」
「ギリギリもギリギリ。先代の時のあれ、人間と天使の連合軍に攻撃された時の大打撃で、魔界は人材集めと資金繰りに大童(おおわらわ)ですよ」
日頃から鬱憤が溜まっていたのか、魔王は愚痴モードに入った。
「…………」
話が長くなりそうなので勇者も正座して身構える。
「お歴々の官職達が挙って戦死。残ったのは、私みたいな若輩者と女子供、一部の将軍に地方官。丞相やってるのだって元々は将軍職についてたジジイだし」
まあ親戚のおじいちゃんなんだけど。
と魔王は続ける。
「もうね、そんな状況に諸手を挙げて降参したいとこでしたよ」
両手を上に、お手上げ、と一言。
「代が私に代わって、政策も一変。反人間政策から親人間政策を始めようとしたはいいんだけど、今まで人間は敵だと教わって育ってきた魔族たちの反発も酷いわ、いまだに境界では小競り合いが絶えないわで、なぁんにも前に進まなかったわよ。武力制圧しようものならもっと反感を買うだけだし、内部抗争なんて人間側の思う壺。こっちが攻め滅ぼされるための口実を与えるだけ」
ため息ひとつ。
「抜き差しならないってのは、こういうことを言うんだなあって、痛感した」
私の無力さにも。
小さく、魔王は言う。
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