第1章

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選択できる状態で初めて、最終決定をしてもいいはずだ。  だから、私は猫たちに紛れながら生きてきたのに。  油断してたのかな。気付かれた。最初の一言は 宿泊所や食堂、それどころか商店も自販機もない島の 港で、弁当を食ってた、人間のお婆ちゃんの笑顔だ。 「おまえさん、帰りたいか迷ってるのかね?」  人間年齢でいうなら70代中盤と思えるのだが 矍鑠で陽気で。太陽みたいに眩しい笑顔と銀歯。 俺は誰にもばれなかったと、確信していたから。  挙動不審だったんだろう。追い詰められて行く。 「お前さん、東京でオリンピックさあった時も シュール・ストレミング船長が月に降りた時も」 『米田の婆ちゃん。それアーム・ストロング船長だよ。』 「まぁ、外国の何かだよね。とにかくお前さ。 ずーっとこの島にいるね。毛並みが似てるからって よくいる雑種虎縞だけっていっても判るよ。70年。 そんなに生きる猫がいるなら、化け猫か、猫以外の何かさね。」  俺は……だからって正体を明かすわけにはいかないし あくまで、無駄でもあくまで意地で、猫のフリをした。 「なに責めてやいないし、バラしたりしないがね。 お前さん、なにか苦労して苦労して、猫に化けているなら そんな無理せんでいいから。この島は《おせっかい》は しない。長生きの秘訣。気が向いたら踊りに来んさい。」  A島の盆踊り。何も無いこの島の真夏にある、この島に 継承されいる。俺も70年の間で、何度見たか。 化けて踊ったか、もうその数すら覚えていないけれど。  瀬戸の海を飲み干すような、踊りだから。 切なくなるんだ。米田婆ちゃんは優しいけど、俺は 諦めたくないんだ。             *  A島は1639年に兵庫から漁業の拠点として住み着いた。 現在も漁業は中心的。島民の方々は猫に冷たいようだが 実際は、獲れたての魚をわけてもくれる。  つかづ、はなれず。なぁなぁなプリミティブを安定させて 共存してる気がするんだ。この島の裏側に不時着してから 10年位で、なんとなくそういう気持ちがあったんだ。  米田婆ちゃんの目は欺けない。間違いなく俺は 東京オリンピックも知ってる。ビートルズが来日した日も。 俺は、猫に似てるけど。似てるけど……だから猫たちに 仲間として認めてはもらえない。俺らの種族かしたら、 70年なんて、赤ん坊がようやく目を開ける程度の時間だけど。
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