第1章 消えた滝本

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 梅雨明け宣言が出されたばかりの日本に帰国して、その空港の荷物待ち場で、あたしはうんざりしながら人波を見詰めていた。  ・・・あーあ。空港の、これが嫌よ。  いつもは海外への一人旅でも機内持ち込み可くらいの荷物しか持っていかないので、スーツケース待ちなんてことはしないのだ。  だけど今回はたかが1ヶ月の旅で、いつもは使わないスーツケースを持っていった。  なぜなら、お土産って存在があったからだ。  あたしは野口薫と言う。29歳の独身で、つい2年前まではフリーの女スリだった。  一人で駅前の高層マンションに暮らし、自由気ままに生きて来たあたしが2年前の夏、仕事で失敗をした。  腕時計をスリ損ねて捕まった男が素性の怪しい(あたしに言われたくないか)調査会社の社長をしている滝本という男で、ヤツはあたしを警察に突き出す代わりに自分の仕事を手伝えと言ったのだ。  長身の男は薄暗い事務所でバカでかい机について、にっこりと不敵に笑っていた。柔和な表情と雰囲気、眼鏡の奥の瞳は三日月型に細められていた。完璧な敬語、柔らかい話し方。ファッション雑誌から抜け出してきたような外見、マネキンみたいなシャープに整った顔。だけれども、全身で危ない人間だと思った。つーか、怪しいヤツだと頭の中でサイレンが鳴り響いていた。  滝本英男との出会いは、それ。  で、その後、実は幼少時からあたしを知っていた滝本に付き合う内に一般社会に慣れてきて、外面を外せば口も態度も性格も悪い男だと判った後で、あたしはヤツの会社の専属のスリになった。  犯罪者であることには変わりない。戸籍はあるけど就業していないので、税金などは払ってないから保障もない身分を生きている。  そして去年、心の拠り所になりつつあった大好きなカフェの店員の女の子を巻き込んで、保険金事件に引き入れられてしまったあたしは、それの決着が春先にようやくついたのだ。
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