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もしそれが現実になったとして、一応は恋人であるあたしがそれを見てしまったなら、と。
・・・いや、そりゃ確かに嫌だけど。
判ってしまったあたしが顔を顰めたのを見て、皆にも伝わったらしい。飯田さんが、やっぱり私が、と言うのを、桑谷さんも止めなかった。
あたしは嫌な想像を急いで打ち消して、ぺろりと唇を舐めた。
「・・・多分、飯田さんではきついです、あの距離。4階で、隣のマンションに飛び移るんですよ。あたしが行きます。ただ――――・・・」
「ただ?」
桑谷さんが低い声で繰り返す。
あたしは彼を見上げた。
「・・・その、万が一、なら、もう既に匂いが凄いんじゃないですか?」
今は、夏場だ。万が一滝本が部屋で事故なりなんなりで倒れていたとしたら、それで命が切れていたとしたら、ドアの外にも漏れる匂いのはず。具体的にはとても言えなかったけど、あたしが言いたかったことは伝わったようだ。
真面目な顔をした桑谷さんが、頷いた。
「・・・よし、君は隣のマンションで待機。俺達で英男の部屋の前まで行って、そこで判る異常がないか確かめる。ベランダからの侵入はそれからにしよう」
皆、頷いた。
あたしは隣のマンションに入りながら、さっき自分で想像してしまったリアルなイメージを凄い勢いで消去していた。
一度誉田君と飯田さんは来ている。その時には異変はなかったと聞いている。だとしたら、きっと部屋の中には滝本はいない。その前提で動きたい。
心臓がどくどくと鳴り響く。あたしはまた唇を舐めて湿らせる。
・・・緊張してる。このままだとあの距離は飛べない。落ち着かなきゃ。
4回まで階段でのぼり、廊下の端っこ、滝本の部屋のベランダが見える位置まで行くと、携帯で飯田さんにかけた。
ドキドキして、それだけで死ねるかと思った。お願い、何もないって言って。匂いがしますとかだけは勘弁して――――――・・・
3回のコールで出た飯田さんは、明るい声で、大丈夫ですと言った。
あたしはつい詰めていた息をほ~っと吐き出す。
うわあ~・・・やっばい。危ない危ない。安堵のあまり泣くかと思った・・・。
よし、と気合をいれて手首を振る。軽く屈伸をして体をほぐした。
廊下の手すりによじ登り、息をゆっくりと吐いて狙いを定めた。
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