第1章 消えた滝本

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 こんなこと、2年ぶりだ。でも片手がかかれば大丈夫なことが、判ってる。大丈夫、あたしは飛べる。大丈夫―――――・・・  ぽん、と飛んだ。両手がしっかりとベランダのてすりを掴んだ。  そのまま力をいれて体を持ち上げる。ゆっくりと乗り越えて、暑い夏の太陽を浴びながらベランダに足を下ろした。 「・・・成功っと」  わざわざ声に出して言ってから、一度両目をぐっと閉じて、呼吸を整えた。そしておもむろにカーテンの隙間から滝本の部屋を覗き込む。  ・・・ああどうか、いつもヤツが座っている大きな椅子から手が出てたりしませんように。どうかどうか・・・。  でも狭い隙間から見る限り、部屋には何も異常はなかった。  あたしは大きく息を吐き出して、ポケットに入れてあったポケットナイフの柄の部分でベランダの窓ガラスを慎重に叩き割る。  ガチャンと音を立てて一部が割れ、そこからゆっくりと手を突っ込んで、鍵を開けた。  締め切った部屋に風が入り、むっとした空気が出てくるのに顔を顰める。  だけどその空気は異臭はしなかった。普通に、夏場締め切っていた部屋の空気の匂いしか、しなかった。  あたしは靴を手で持って入り、そのまま玄関へ進む。  鍵を開けると、男性3人が感心したような顔をしていた。桑谷さんが目を細めて口笛を吹く。 「おお~!凄いですねえ、野口さん!」  やっぱり大声で誉田君が言いながら、入ってくる。  暑いからクーラーつけますよと言って、あたしはカーテンをしめて割れた窓を隠し、エアコンのスイッチを入れた。  男3人は真ん中に突っ立って部屋を見回していた。 「・・・綺麗ですね」  飯田さんが言い、俺の部屋と大違いだー!と誉田君が叫ぶ。  桑谷さんは両手をズボンのポケットに突っ込んで、黙って見回していた。  あたしも見回す。  ここに入ったのは2ヶ月ぶりくらいだけど、別に何の変化も感じられない。ソファーの前のローテーブルには新聞の束。脱いだジャケットは椅子の背に。台所も綺麗に片付いて、いつもの滝本の部屋だった。 「・・・パッと判るところにメッセージ的なものは、ない・・・」
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