第1章 消えた滝本

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 滝本の事務所で雇われだしてから封印していたあたしのスペシャルな右手2本の指がうずくけど、これも旅先では完全に忘れることが出来る。  世界各地の銀行に金はいれてある。  基本的には旅も一人で行く。そして一人で楽しむ。  だからいつも荷物はリュック一つくらいなのだけど、今回は・・・・。 「・・・あたしが、土産だって」  腕を組んで大きな柱にもたれながら、つい言葉に出して苦笑した。  21歳の時、この世でただ一人の身内であるそのバカ親父がハワイへ行ってしまってから、ずっと一人で生きて来たあたしが。  大好きな、岡崎さんてイケメンの店長が経営するご飯とコーヒーのやたらと美味いカフェと、滝本が経営する調査会社への、お土産。  そこに勤めるそれぞれの面々に両国での土産を選んでいたら、結構な数になりそうだったのでスーツケースにしてみたのだ。・・・だけど、邪魔だった。  後から考えたら宅配で送ればよかったか、と行きの飛行機で気付いたのだけど、もういいや、と思ってそのままで過ごしてみた。  やっぱり、邪魔だったな。荷物が出始めて人々が動くのを見ながら、あたしはぼんやりと思った。  身軽が、一番だ。  スーツケースを持ってるって時点で外人の旅行者ですって言ってるようなもので、ある意味目立つ。あたしは海外ではだいたい手ぶらで歩くから、安宿に置いていた大きな鞄が頭の隅に居座って、実際のところうんざりした。  台湾で時差はない。だけどハワイはある。  それに長時間の飛行機の揺れで疲れたあたしは、とりあえず今日はどこにも寄らないと決めて、やっと出てきた荷物を回収して自分のマンションへ帰った。  あたしの家は、50階建ての高層マンションの32階にある。  高校生の時からここに住んでいて、その頃にはスリ師である親父に鍛えられているところだったので、自分の部屋で訓練や修行をしていた。  今では親父は出て行ってかなりの年月がたち、この2LDKのマンションは完全にあたしの物になっている。  その居間の窓側で、逆立ちをしていた。  今日の空はどんよりと曇り、やっぱりいつものように天空には神様も天使も見えない。
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