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「署名、間違ってますから」
「・・・ええっ!?」
何だって?と全員で女が持つ紙を目指して殺到する。そして覗き込んだ。
みみずののたくったような文字。明らかに、普段の滝本の筆跡とは思えない弱弱しい字を目で追う。
滝本英雄。・・・・・雄??
「ああ~!!」
女と湯浅女史を囲んだ3人で叫んだ。彼女には判らないようで厚化粧の眉間に皺がよる。
それをじっと見詰めながら湯浅女史は続けた。
「署名間違い。訂正印も必要ですね。ですが委譲証で名前の訂正は出来ないと思うから、取り直しでしょうか。とにかく、これは無効です」
そしてこの事務所の大切で大きな歯車である小柄な湯浅女史は、ゆっくりと口角を上げる。
体が倍ほどに膨らんで、上から見下ろしているようだった。
おかぁーさーん!!と叫んで拍手したいあたしだった。湯浅女史ったら格好いい~!!
「社長の、母親、と仰いました?」
空気が、いきなり張り詰めた。
女は紙から顔を上げてキッと湯浅女史を睨みつける。
「何よ・・・何が言いたいの!?」
「息子さんの名前すら覚えてらっしゃらないとは。そんなそそっかしい、そして薄情な人は、上司どころか同じ女としてすら尊敬出来ません。万が一、あなたがここの経営者になるということでしたら、私も退職させて頂きます」
遥か高みから女を見下ろしているようだった。そんな迫力だった。
それを、飯田さんと誉田君とあたしは息をのんで見守っていた。
滝本の母親は震える手で紙を握りつぶした。どうやら皆で嵌めたのではないらしいと判断したようだった。本当に、この紙きれは無駄になったのだと判ったらしかった。
飯田さんが口を開いた。
「・・・私たちは今日にでも所長の捜索願いを警察に届けることにしていたんです。居場所を知ってらっしゃるのでしたら話して下さい。無事を確認できなければ通報します。勿論―――――」
睨み付けている女を無表情に見ていた。その顔は、不倫をしていて身の破滅を約束された女性の後姿を見ている時と同じ顔だった。
「警察にはあなたのことを話しますから、そちらにも連絡が行くでしょう」
女がバックを掴んで後ろに下がった。
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