序章

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悪魔の王「サタン」 それは旧約聖書に記された羽根を持つ蛇、かつて天使たちの長であった暁の天使、ルシファーの堕天した姿ともされる。 草薙タケルは息を潜め、目を凝らした。 闇に灯る篝火の赤い輝きに浮かび上がる禍々しき黒い影。 赤いローブを纏う人々は小さく呪文を唱えながら全裸の少女を石の壇上に乗せる。 少女は眠らされているのか、ぐったりと動かない。 しかし、微かな腹部の動きが息のあることを伺わせる。 祭司と思われる金の装飾具を身に付けた赤ローブの一人が壇上に立ち、湾曲した短剣を高々とかかげ、少女目掛けて降り下ろした。 八坂ヤエコは、小さくため息をつきながら目の前に重なる報告書の山から写真を手に取った。 残酷な殺害の瞬間を捉えた写真。 写真には犯人の顔がしっかりと写し出されている。 この写真と事実を裏付けする大量の資料を世に出せば、世界は大騒ぎになるだろう。 しかし、それすらこの社会に暗躍する邪悪の本質ではない。人の心に潜むドロドロした黒い欲望。 誰もがその種を心に持っている。 彼らは、その種に水と養分を与えているに過ぎない。 八坂ヤエコは、ぐいと水割りのウイスキーを飲み干した。 谷田キョウスケは、キーを打つ手を止めた。 溢れる情報の海を巡り、隠された扉を幾つも潜り抜けて、理解したのだ。 人々が忌み怖れる悪魔の正体を。 キョウスケは、パソコンの電源を落とし、部屋を後にした。 擬装はしてあるが、この場所もすぐに公安は嗅ぎ付けるだろう。 この情報を手にしたものを彼らが放っておくはずはない。 キョウスケは深々と帽子を被り、しっかりとマフラーで顔を覆って夜の闇に消えて行った。 世の真実は常に隠されている。 うっすらと見えたと思ったその断片も、真実を隠すための狡猾な罠のひとつに過ぎない。 差し障りのない膨大な情報によって覆い隠された真実は、そこには無い。 邪悪の兆しは見付けるのではなく、気付くしかない。 すり替えられた正義と深層に閉じ込められた疑問との間に生じる微かな違和感に。 正しいと思う貴方の思考すら、既に彼らによって誘導されたものなのだ。
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