アレン・フラン

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 1  わたしには、妻がいる。いつも才気煥発な、おひさまの如き妻。それでいて常に夫を立てる、おつきさまの如き妻。だのに真理を遍く包括する、おそらさまの如き妻。  ――つま。  そして彼女は愛くるしい。馥郁とした濃藍の長髪。彼女はそれを、いつも花冠のように編み込んだハーフアップに纏め、迷子になった三つ編みを両サイドに踊らせる。その下の瑠璃色の瞳は絶えず月夜を上目がちに描いて見せ、しかし遠慮がちな鼻梁は、それだけで何もかもを許してしまうような、小動物の懐こさを持つ。“エルフ”型の、その耳は、たおやかに音の響くのを待ち、紡ぐだけで微笑みを湛える紅唇は、決して乾くこともない。  そしてその上目がちな微笑すら物理的に隠してしまう、官能的肢体。乳房は姿勢のよさそのままに常に上方へと盛り上がり、その華奢な肩と突き出した腰も相俟って、誰もがその完成し尽くされたフォルムと、大正義なる彼女の気質の一端を垣間見ることが出来る筈だ。  ――かく“描く”わたしも、その一人だった。  わたしが初めて知った当時、彼女――フラン・パトリオット・レオンリリィは同じ魔法学園の錬成科に席を置く・二個下の一回生だった。しかし彼女を真に大正義たらしめたのは、その美貌のみではない。彼女は魔法の修練率においても、学園きっての才媛だった。殊に戦闘に必須とされる錬成の才能が顕著であった。彼女の錬成魔法は入学した当初から、肉体の細胞の細胞さえあれば、一瞬にして肉体を復元出来る程の凄まじい回復性能を持っていた。LV(レヴェル)が50を越えれば一端の術士とされるこの世界で、彼女の入学試験において算出されたLVは既に70を越えていた――こういう突拍子もない、まずありえない噂が、まるで真実かのように学園内の至る所で囁かれていた。  そんな彼女が何故わたしを選んだのか――それはまずおくとして、彼女はかような美貌と才に加え、これまた性格も淑やかで、誰にでも優しく、一度微笑めば、誰もが彼女を愛した。ところで、学園を卒業すれば世界を統べる七海(セブンズ・シー)のうちのどれか――協海(カンパニー)、学海(ソサエティ)、商海(ギルド)、その他適当な海へと所属するのが世の習わしには違いないが、大抵はパートナーを見つけ、ツーマンセルで行動するのが常である。そして念動科や熱力科の攻撃に特化した連中にすれば、彼女は誰もが手に入れたい片側の天秤の重しでもあった。
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