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大丈夫。
この言葉は便利なものでいままで幾度となく使ってきた、使い込んできた言葉。
何かあるたびに大丈夫、何かなくても大丈夫、自分に言い聞かせるように、相手に信じ込ませるようにこの大丈夫という言葉を連呼してきた。
「そっか。もし悩み事とかあるならいつでも言ってね」
香奈子は笑顔で言うと私に背を向け別の友達のもとへと歩いていく。
私はまたノートに視線を落とし無意味に無駄に考え事をする、考え事をするふりをする。
聖、これが私の名前であり私がこの世界に存在するという一つの証、フルネームは剣城聖、けんしろひじりこれが私の名前、父と母に名づけてもらったであろう私の存在をこの世に刻むための音であり文字である。
というのも私には父と母に関する記憶が一切無い、名前も声も顔も何もかも脳の中に入っていないのだ、気づいた時には施設にいて聖という名前があった。
両親のことを一切聞かされることなく、自分から聴くこともなく今まで過ごしてきた、知りたくないといえば嘘になる。
けれど、聴くのが怖い。
当たり前といえばそうだろう、捨てられた子供が、捨てた親のことを知ってどうするというのだろう、聴いたところでどうすることもできないのならば何もしたくない。
それが私が出した結論であり、私という人間の出したいわば逃げのような、言い訳のような答え、悲劇のヒロインを気取りたい私のだした答え。
今の暮らしに文句もないわけだし。
これまでの暮らしも楽しかったし。
明日も、明後日もずっと先も。
そうやって私はいつも自分に言い聞かせて、そして祈る。
どうか今日もお願いします、と。
「聖、ちょっといいか?」
不意にかけられた声に少し驚いて振り向くと、隣のクラスの有名人『榊奏』が立っていた。
「なに?」
さかきかなで、一か月前にこの高校に転校してきた男の子。
身長は私より少し高いくらい……一七五ってところ、声は男にしては少し高いくらいで、女子からは王子と呼ばれている。
俗にいうところのイケメンの部類に入る転校生、成績優秀、容姿端麗、さらに運動神経も良い。
そんな彼が有名でもないこの香咲高校に転入してきたのかが謎なんだけど、意外と誰も気にしていないみたいで、私も深く知りたいわけでもなかった。
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