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或る夏、影を伸ばすような夕暮れ時。鴉が鳥居の上で聞いた噂には、こんなものがあった。
裏山の小道。トンネルの向こうに、ぽつりと古び眠る屋敷がある、と。
そして、その屋敷には。
「……なぁ、本当にいると思ってるわけ?」
呆れたような少年の声が響く。
「うっさいなぁ、実際にこの目で見てみねきゃ分かんねぇだろーが」
呆れた声に反論する少年の声が夜闇に響き渡り、ただでさえ不気味な雰囲気を漂わせていた屋敷はより一層気味の悪さを際立たせた。
―――首を吊った少女の霊が、夜な夜な出るんだってさ。
そんな噂話を聞いた好奇心旺盛な少年たちは、なんの迷いもなくその屋敷へと立ち入った。
ギィ……、と階段が軋む。反射的に階段の破損を心配した彼らだったが、幸いにも階段が音を立てたのはそれ一度きりだった。
適当な箇所を照らしながら揺れる懐中電灯。しばしその視線を追っていた少年が、やがてはぁ、とため息をついた。
「言っただろ? 幽霊なんてあやふやな存在、出るわけがないんだよ」
初めから幽霊の存在を否定していたらしい少年は、友人から懐中電灯を奪い取って元来た道を歩き出した。不満げな表情を残していた他の少年たちも、諦めたのか彼に続く。
そんな彼らの姿が完全に闇に溶け込んでしまった直後、屋敷から小さな声が聞こえた。
「……ははっ。やっぱり、誰も気付いてはくれないや」
諦めたような、少女を思わせる澄んだ声。その声は確かに無人のはずの屋敷から響いたもので、同時に少年たちが聞くことは叶わなかった『幽霊』の声であって。
「―――……ねぇ、誰か。気付いてよ……? 私は、死んでなんかないっ!!」
悲痛な金切り声が闇を劈(つんざ)く。
一体いつからそこにいるのか。それは、そこに居続ける少女でさえも見当がつかなかった。
「……私、いつからここにいるんだろう……?」
周りにあるものは、随分な時間を経て、大半は埃を被ってしまっている。少女がこの屋敷にいた時間を、屋敷中の物が示すかのように、彼女の記憶には埃を被った時計の針が残っていた。
一体、
「……いつになったら、私に気付いてくれる人が現れるのかな……」
もう、何度声を枯らしたことだろう。その度に、彼女はその存在を否定されてきた。
そっと窓の外を眺める。
その窓には、もう既に明日という光が映り込んでいるようだった。
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