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尻 1
目の前に尻がある。
それは決して悪い眺めではない。
とはいえ、こうも長い間眺めるというのは、いかがなものだろうか。
眺めるだけで、擦ることも出来なければ叩くこともできない。
なんのための尻なのか。
「ちょっと、何じろじろ見ているのよ」
そういう視線で俺をにらむな。
こっちだって好きでこうしているわけじゃない。
いや、むしろほとほと困り果てているといって過言ではない。
俺は思う。
目の前に、出来れば触ったり、なでたりしたいようなものを、ずっと見せ付けられるのと、近寄りたくもないようなものをずっと見せられるのでは、どっちがより苦痛なのだろうかと。
そして、つくづく思う。
ありふれた日常など見飽きたと思っていた自分は、なんと浅はかなことかと自戒する。
それは後悔といってもいいかもしれない。
いや、むしろ懺悔をしたい気分だ。
気分だけを語れば、そういう気分だが「本心か」と聞かれれば、俺は考える。
考えてしまう。
なぜ、こんなことになったのかと。
なぜ、お腹が減るのかと。
人間、どんなときでも腹は空くものなのか。
少なくとも以前の俺は、そんなふうには考えていなかった。
思ってもみなかった。
俺はこれでも神経質で、枕が替わると眠れない性質だ。
靴は右足から履かないと気がすまないし、ズボンの右のポケットにはハンカチ、左には鍵と決めている。
高いところは嫌いだし、地下鉄はもっと嫌いだ。
そういうことがきちんとしていないと食事も喉を通らない。
それが俺だと思っていた。
それが自分だと思っていた。
だが俺は今、それらの条件よりも、さらにひどい状態にあるというのに腹を空かしている。
腹をすかし、女の尻に欲情している。
つづく
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