波旬の娘

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「私は……」 言い淀む鬼女の耳に、重なり合い鳴る鋼の音が酷く、響くのか。苦渋の表情で頭を抱えた彼女の姿が、人の姿へと戻っていく。 「あんたは人の子だ」 少女が、もがき苦しむ紅葉に言葉を繰り返す。 頬の曼珠沙華の紅味が増したようだ。 曼珠沙華の色は本来、白である。これを見る者は自ずから悪行から離れる、というのだが。 「どきなさい」 依然、苦しみながらも、紅葉は錫杖の男に強い言葉を向けるが、体は動かない。 規則的に振り下ろされる錫杖が鳴らす音は、幾つもの鋼の輪が互いに重なって、重厚な旋律を奏でる。 旋律は、異形の動きを封じているのだ。 「私は、天魔王の娘じゃ」 紅葉が振り絞るように、だが昂然と言い放った瞬間、月が雲に隠れた。 辺りが闇に包まれる。 少女は懐に手を入れ身構えるが、動けない。 錫杖の男もまた、説明のできない何かに腕を押さえられたかのように動かない。 錫杖の音が掻き消えた。
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