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苦痛に顔を歪ませる和樹を見下しながら、宙に浮かぶ男は怒声を浴びせるように言葉を畳み掛ける。
「はぁ~?てめぇ、ふざけたこと吐かすんじゃねぇぞ。俺が、望むものは二つだ。てめぇが持ってるアクセと、必死こいて抵抗して、無様にそれを奪われるてめぇの姿を眺めることなんだよ」
ジャージの袖に隠れていた、頑強な右腕が和樹が倒れている方向へと向けられる。
平伏したまま動くことが出来ない和樹は、ただその時を待つことしか出来なかった。三度、その身体が宙に浮く瞬間を。
どれくらい時間が経過したのだろうか、視界に入るグラウンドには未だ野球部員は現れず、近くから学生の声もしない。
この間、わずか数分程度の出来事が、和樹には永遠に続いているものであるかのようにも感じられた。それほどまでに、孤独で、苦痛だったのだ。
「いつまでも知らない顔していれば、奪われないとでも思ったか?んな訳ねぇよなぁ、抵抗しないなら、徹底的に痛みつけて、目当てのもんを頂いていくだけさ」
男の右腕に、何かが集まってきている。あれは間違いなく、周囲の空気だ。
どのような仕掛けがあるのかは分からないが、男は何かしらの手段を用いて空気集め、圧縮し、狙った方向へそのエネルギーを放出しているのであろう。そのようなことが現在の科学で成し得ることなどできるのであろうか。
立ち上がることが出来ず、そのエネルギーの放出の瞬間を待つことしか出来ない和樹であったが、妙にその心は落ち着いていた。
先ほどまで、超人的な力を前に恐怖し、激痛に苦しんでいたのにも関わらず、何故…?
"立って、和樹……"
どこからか聞こえてきた声に、和樹には聞き覚えが無かった。
透き通るような、優しく響き渡る少女の声。
"立ち上がって、和樹!"
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