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瞬間、先刻まで和樹の身を守っていた渦巻きは、その姿を消す。それと同時に、突風も衝突を終えた。
多少のエネルギーが残っていたのか、少し強めの風が和樹の前髪を揺らすも、今度は身体が吹き飛ばされるような強さではなかった。
「んだよ…やっぱり持ってんじゃねぇか!それだよそれ、俺が欲しいのはよ」
いつの間にか、和樹から10メートルほど離れた位置へと後退し、なおも浮遊を続ける男は、やや興奮気味に声を上げた。
首もとにかけられたネックレスを左手でがっちりと掴むと、男の周囲にある木々は多くの葉を散らし、グランド横の網フェンスは軋むような音を立てながら、その形を徐々に歪めていった。
和樹には、再び、男を中心に巨大な空気の流れが生じていることを、考えずとも理解することが出来た。
いつの間にか、右手薬指にはまっていた指輪をそっと撫でる。
先ほど、和樹に聞こえていた少女の声の出所は、この指輪であることは確かだろう。
であれば、時折見られていた、男の独り言のような言葉の数々は、あのネックレスに宿る何かに向けてのものであったと推測できる。
しかし、この指輪の声かけに応え、手にしたまでは良いが、和樹の右手にあるそれは、身に付いてからは黙りのままだ。
男の狙いはどうやらこの指輪にあったらしい。和樹が未だ理解出来ないのは、何故この指輪を彼が所持しているとあの男は知っていたのか、である。
一週間前、初めてこの指輪を見たあの日、和樹は確かにあの老人を撒いたはずだった。指輪を受け取らずに…
しかし、今ここに指輪が出現したことから、知らぬ間に鞄か何かに入れられていたのであろうが、その事実を、和樹はたった今知り得たのだ。
あの男が指輪の存在に気がついているなど、本来はあり得ない。
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