宝石少女と男子高校生

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普段通りの通学路。和樹が通う学校までは、自宅から10~15分程度と、さほど距離は離れていない。午前8:30までの登校であるため、和樹にとっては十分に余裕をもっての出発。 のはずだった。 「おい、そこの少年。この指輪、買ってかんかね?」 出発して3分ほど経ったあたりだろうか。少し小柄なその老人の胴ほどの大きさはあるであろう、革製のアタッシュケースを片手に、その人物はすれ違い様に声をかけてきた。 あまりにも唐突であるが、その声かけで和樹は一度自転車の動きを止めた。 十数メートルほど離れた位置で停車させたはずだったが、気がつくとその老人はすぐ真横で手を指し伸ばしていた。 「ほれ」と言わんばかりに、和樹の目元まで伸ばされたそれに握られていたのは、左右から伸びる波のような造形の縁に、薄く透き通った青色の石が嵌め込まれた小さな指輪だった。 綺麗な石だ。淡く輝くその石に目を惹かれるも、一瞬の思考が和樹の頭を過る。 "この老人は何者なのか" 見た目は70台前半あたりだろうか。桜が咲いたばかりのこの時期にはまだ肌寒いであろう白のポロシャツに黒ジャージ姿の老人には不相応なしっかりとした造りのアタッシュケース。 そして、その老人は手に握られた明らかに高価そうである指輪を、普通の高校生へ売ろうとしてきているのだ。経済的余力があるようには決して見えない和樹相手に。 第三者からみても、この老人は不審者として映るだろう。関わってはいけない、という危険回避的思考が和樹の脳内を瞬く間に支配し、ペダルに乗せたままだった右足へ力を集中させた。
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